・・・けだし、僕たちの策戦たるや、かの吉良邸の絵図面を盗まんとして四十七士中の第一の美男たる岡野金右衛門が、色仕掛の苦肉の策を用いて成功したという故智にならい、美男と自称する君にその岡野の役を押しつけ、かの菊屋一家を迷わせて、そのドサクサにまぎれ・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・ ひとりこの抜き書きのみにとどまらず、自分は教師がよく黒板へ図解して示す絵図なども、そのまま直接教科書に書き入れておいた。これは記憶する上に便なるばかりでなく、事がらは忘れていても、その絵を思い出すと、容易に記憶を呼び起こすことができ、・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・ ○ 薬研堀がまだそのまま昔の江戸絵図にかいてあるように、両国橋の川しも、旧米沢町の河岸まで通じていた時分である。東京名物の一銭蒸汽の桟橋につらなって、浦安通いの大きな外輪の汽船が、時には二艘も三艘も、別の桟橋・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・ 本当に深く人生を考えて見れば、今の社会に着物一つを問題にしてもやはり決して不可能ではない未来の一つの絵図として本当に糸を紡いで織ったり染めたりしている紡績の労働組合が強くなって勤労者全員のための衣料について積極的に作用するようになった・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ケーテの天性にそなわっていた思いやり、洞察、誠意は、良人カールの月賦診療所をめぐって展開される赤裸々な社会生活の絵図と、おびただしい肉体と精神とに負わされている階級社会の重荷とを、苦しみにゆがんでいる顔の一つ一つの皺に目撃することとなったの・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・念を固定させたのだが、それに対して、いつの時代にも生存した特別に心情の活溌なある種の人々は、皮肉に人生のありのままを感じ観察していて、例えばイタリーのボッカチオという詩人は坊主くさくかためた天国地獄の絵図を、きわめてリアルに機智的に諷刺し、・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・ 今日物わかりのよいとされている女の先生などでも、その生活への感情は案外にひ弱くて、所謂いい生活というものの絵図が水っぽいきれいごとだけで、塗りあげられていて、子供の心が直感した生活のそんなユーモアもわからないということが一つ。 子・・・ 宮本百合子 「子供の世界」
・・・作品の中で人間性の濃度を高めるためにこの作者は意企的に異常性格を持った嘉門とその妻松子、娘息子をとり来って、殆どグロテスクな転落の絵図をくりひろげたが、この作品の世界に対して作者は責任を感じていず、登場している私という中枢の人物は、本質的に・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・女のあわれな物語を、現代の闇商売で有閑的な生活に入った人々が唸っているのは、腹立たしく滑稽な絵図である。 徳川家康が戦国時代に終止符をうって江戸の永くものうい三百年がはじまった。この時代の婦人の立場は「女大学」というもの一つを取上げただ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ この地獄の絵図を、わたしたち日本の全人民が自分の生活で味わった。そして、戦争がすんで三年目のきょうの日本では、例年の二倍もはげしい雷雨でびしゃびしゃな駅の構内に、つめかけた群集で徹夜のさわぎをしている。汽車の切符は二倍半にあがる。タバ・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫