・・・「一般に剽窃について云々する場合に忘れてならないのは、感覚と情緒を有する限りすべての人は絶えず他人から補助を受けているという事である。人々はその出会うすべての人から教えられ、その途上に落ちているあらゆる物によって富まされる。最大なる人は・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ 道太はここにいてほしいような兄の気持は解ったけれど、一つ家に寝起きをしていれば、絶えず接近していなければならないし、人の出入りの多いのに、手数をかけるのも忍びないことであった。それに山でもそうだったように、看護や食べもののことについて・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 真間川の水は絶えず東へ東へと流れ、八幡から宮久保という村へとつづくやや広い道路を貫くと、やがて中山の方から流れてくる水と合して、この辺では珍しいほど堅固に見える石づくりの堰に遮られて、雨の降って来るような水音を立てている。なお行くこと・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・いつしか高くなった蜀黍は其広く長い葉が絶えずざわついて稀には秋らしい風を齎した。腹の底まで凉しくする西瓜が太十の畑に転がった。太十は周囲の蜀黍に竹を縛りつけて垣根を造った。日はまだ非常に暑かった。怖る怖る首を擡げた蜀黍の穂がすぐに日に焼けた・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・私は昨晩和歌の浦へ泊りましたが、和歌の浦へ行って見ると、さがり松だの権現様だの紀三井寺だのいろいろのものがありますが、その中に東洋第一海抜二百尺と書いたエレヴェーターが宿の裏から小高い石山の巓へ絶えず見物を上げたり下げたりしているのを見まし・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・人目を忍び、露見を恐れ、絶えずびくびくとして逃げ回っている犯罪者の心理は、早く既に、子供の時の僕が経験して居た。その上僕は神経質であった。恐怖観念が非常に強く、何でもないことがひどく怖かった。幼年時代には、壁に映る時計や箒の影を見てさえ引き・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・その間も絶えず彼女の目と体とから私は目を離さなかった。と、彼女の眼も矢っ張り私の動くのに連れて動いた。私は驚いた。そして馬鹿々々しいことだが真赤になった。私は一応考えた上、彼女の眼が私の動作に連れて動いたのは、ただ私がそう感じた丈けなんだろ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・大きな亀が盃をくわえた首をふらふらと絶えず振って居る処は最も善く春に適した感じだ。 天神の裏門を境内に這入ってそこの茶店に休んだ。折あしく池の泥を浚えて居る処で、池は水の気もなく、掘りかけてある泥の深さが四、五尺もある。二、三十人の人夫・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・この間第三の精霊は木のかげからかおだけを出して絶えず精女を見て居る。第一の精霊 女子のかたくななのは興のさめるものじゃ、良い子じゃ聞き分けて休んでお出でなされ。精女 まことに――我がままで相すみませんでございますけれ共お・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・牝牛を買いたく思う百姓は去って見たり来て見たり、容易に決心する事ができないで、絶えず欺されはしないかと惑いつ懼れつ、売り手の目ばかりながめてはそいつのごまかしと家畜のいかさまとを見いだそうとしている。 農婦はその足もとに大きな手籠を置き・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫