・・・僕はもう少し習ったらうちの田をみんな一枚ずつ測って帳面に綴じておく。そして肥料だのすっかり考えてやる。きっと今年は去年の旱魃の埋め合せと、それから僕の授業料ぐらいを穫ってみせる。実習は今日も苗代掘りだった。四月八日 水、今日は実・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・母は外国にいる父へやるために、細筆で、雁皮の綴じたのに手紙を書いている。私は眠いような、ランプが大変明るくていい気持のような工合でぼんやりテーブルに顎をのっけていたら、急に、高村さんの方で泥棒! 泥棒! と叫ぶ男の声がした。すぐ、バリバリと・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・と厚紙の表紙に書いた綴じこみがのっている。自分がそれに目をつけたのを認め、主任は、煙草のけむをよけて眼を細めながら、書類の間をさがし、「――見ましたか」と一枚のビラをよこした。共青指導部の署名で出された、赤色メーデーを敢行せよ! と・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・一九一六年の夏のはじめに書き終ったが、誰に見せようとも思わず、ひとりで綴じて、木炭紙に自分で色彩を加えた表紙をつけた。けれども、しまっておけなくて、女学校のときからやはり文学がすきで仲よしであった坂本千枝子さんという友達が、白山の奥に住んで・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ 洋罫紙の綴じたのに、十月――日と日附けをして書きながら、彼女は、カアッと眩しいように明るかった自分の上に、また暗い、冷たい陰がさして来るのを感じた。 すぐよかに、いみじかれ 我が乙女子よ……。 声高な独唱につれて・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・そのなかには青赤エンピツだの小鋏、万年筆、帳綴じの類が入っている。アテナ・インクの瓶がそのまんま置いてあって、そこへペン先をもって行っては書いているのだが、そのペン軸を従妹がくれたのは、もう何年前のことだったろう。私が悄気て鎌倉にいた従妹の・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・若い人は論外だし、もう一人いる人も、円いような顔の老人で、すっかり背中を丸め、机の下でこまかい昔の和綴じの字書の頁をめくっている。もうあの人もいなくなったのかもしれない。 時の推移を感じ、私は視線をうつして、前後左右に待っている閲覧人の・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ 夜になると大きい父のテーブルの上に、その時分の子供の目にはいかにも綺麗で明るいニッケルの台ランプを灯し、雁皮を横に二つ折りにたたんで綴じたのへ、細筆で細かくロンドンにいる父への手紙を書いていた母の横顔は、なんと白くふっくりとしていただ・・・ 宮本百合子 「母」
・・・今はっきり思い出せないが、私はそれを真似て、西鶴の永代蔵の何かを口語体に書き直し、表紙をつけ、綴じて大切に眺めたりした覚がある。 小学校六年の夏休みのことであった。母が嫁入りの時持って来てふだんは使われない紫檀の小机がある。それを親たち・・・ 宮本百合子 「行方不明の処女作」
出典:青空文庫