・・・お前だって人並みに学校へだってやれるんだのに……こうやって母子二人で食べるものを食べずに稼いだところで、この不景気じゃ綿入れ一つ着られやしない」 一太は困ったのと馴れているのとで別に返事をしなかった。「私ほど考えれば考えるほど不運な・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・その代り、それより早く、綿入れ着物、羽織を差しあげます。茶色の毛のシャツこの間送ったものの外に、もう一枚そちらに行きっぱなしになっていやしないでしょうか。それと紺大島のうすく綿の入った着物を若しや春頃お送りして、それもそのままになっていはし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・あたりは暗いし、待ち遠しいし、つきつめた、気の遠くなるような思いで今溢れる際までたぎり立たせ、みのえは瓦斯を消し、ちょっと手をひっこませて元禄の袖口の綿入れにもうっと温く伝って来るほど熱した薬罐を持って立ち上った。 襖をあける。 眩・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫