・・・裏の崖から田圃に下りて鉄道線路を越えて、遠く川の辺まで寒い風に吹かれながら歩き廻った。そして蕗の薹や猫柳の枝など折ってきたりした。雪はほとんど消えていた。それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯するのを・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 窓からは線路に沿った家々の内部が見えた。破屋というのではないが、とりわけて見ようというような立派な家では勿論なかった。しかし人の家の内部というものにはなにか心惹かれる風情といったようなものが感じられる。窓から外を眺め勝ちな自分は、ある・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・新宿赤羽間の鉄道線路に一人の轢死者が見つかった。 轢死者は線路のそばに置かれたまま薦がかけてあるが、頭の一部と足の先だけは出ていた。手が一本ないようである。頭は血にまみれていた。六人の人がこのまわりをウロウロしている。高い土手の上に子守・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・窓の下はすぐ鉄道線路である。この時傘をさしたる一人の男、線路のそばに立っていたのが主人の窓をあけたので、ソッと避けて家の壁に身を寄せた。それを主人はちらと見て、『何を言っても命あっての物種だ、』と大きな声で独言を初めた、『どうせ自分から・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 三 憲兵隊は、鉄道線路のすぐ上にあった。赤い煉瓦の三階建だった。露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 栗本は、長い夜を町はずれの線路の傍で、幾回となく交代しつゝ列車の歩哨に立った。朝が来るのを待って兵士達は、それに乗りこんで出発するのだ。寒気は疼痛をもって人に迫ってきた。警戒所でとった煖炉の温度は、扉から出て二分間も歩かないうちに、黒・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・と云って風雅がって汽車の線路の傍をポクポク歩くなんぞという事は、ヒネクレ過ぎて狂気じみて居ますから、とても出来る事では有りません。して見ると、いくら野趣が減殺されようが何様しようが、今日は今日で、何も今を難じ古を尚ぶにも当らないから、矢張り・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ 眼下の線路を玩具のような客車が上りになっているこっちへ上ってくるのが見えた。疲れきったようなバシュバシュという音がきこえる。時々寒い朝の呼吸のような白い煙を円くはきながら。 * その暮れ方、土工夫らはいつものように・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・彼はホッとした気持を感じた。彼は線路を越して歩きだした。後で踏切りの柵の降りる音がして、地響が聞えてきた。 龍介は図書館にいるTを訪ねてみようと思った。汽車がプラットフォームに入ってきた。振り返ってみると、停っている列車の後の二、三台が・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・電車の線路に添うて長い榎坂を越せば、やがて植木坂の上に出られる。私たちは宿屋の離れ座敷にあった古い本箱や机や箪笥なぞを荷車に載せ、相前後して今の住居に引き移って来たのである。 今の住所へは私も多くの望みをかけて移って来た。婆やを一人・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫