・・・その左右へは、新しい三色緞子の几帳が下っている。後は、金屏風をたてまわしたものらしい。うす暗い中に、その歩衝と屏風との金が一重、燻しをかけたように、重々しく夕闇を破っている。――僕は、この簡素な舞台を見て非常にいい心もちがした。「人形に・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・ 白襟に消えもしそうに、深くさし入れた頤で幽に頷いたのが見えて、手を膝にしたまま、肩が撓って、緞子の帯を胸高にすらりと立ったが、思うに違わず、品の可い、ちと寂しいが美しい、瞼に颯と色を染めた、薄の綿に撫子が咲く。 ト挨拶をしそうにし・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 人ごみの処をおしもおされもせず、これも夫婦の深切と、嬉しいにつけて気が勇みますので、臆面もなく別の待合へ入りましたが、誰も居りません、あすこはまた一倍立派でございますね、西洋の緞子みたような綾で張詰めました、腰をかけますとふわりと沈ん・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 土地の名物白絣の上布に、お母さんのお古だという藍鼠の緞子の帯は大へん似合っていた。西日をよけた番神堂の裏に丁度腰掛茶屋に外の人も居ず、三人は緩り腰を掛けて海を眺めた。風が変ってか海が晴れてくる。佐渡が島が鮮かに見えてきた。佐渡が見える・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・思切って緞子か繻珍に換え給え、」(その頃羽二重はマダ流行というと、「緞子か繻珍?――そりゃア華族様の事ッた、」と頗る不平な顔をして取合わなかった。丁度同じ頃、その頃流行った黒無地のセルに三紋を平縫いにした単羽織を能く着ていたので、「大分渋い・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳な二十七八の若者で、花色裏の盲縞の着物に、同じ盲縞の羽織の襟を洩れて、印譜散らしの渋い緞子の裏、一本筋の幅の詰まった紺博多の帯に鉄鎖を絡ませて、胡座を掻いた虚脛の溢み出るのを気にしては、着物の裾でくるみくる・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・と、でっぷり肥ったる大きな身体を引包む緞子の袴肩衣、威儀堂々たる身を伏せて深々と色代すれば、其の命拒みがたくて丹下も是非無く、訳は分らぬながら身を平め頭を下げた。偉大の男はそれを見て、笑いもせねば褒めもせぬ平然たる顔色。「よし、よし・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・はでな織模様のある緞子の長衣の上に、更にはでな色の幅びろい縁を取った胴衣を襲ね、数の多いその釦には象眼細工でちりばめた宝石を用い、長い総のついた帯には繍取りのあるさまざまの袋を下げているのを見て、わたくしは男の服装の美なる事はむしろ女に優っ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・と天井に絵の張ってある事、電気がまぼしくついて居る事、ほんとうに、縮緬や緞子の衣裳をつけて居る事などを、単純な言葉で話すのだけれ共、しまいには行かれも仕ないのに、只行きたがらせばかりするのはつみだと思っていい加減にお茶をにごして仕舞・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫