・・・もう腰衣ばかり袈裟もはずして、早やお扉を閉める処。この、しょびたれた参詣人が、びしょびしょと賽銭箱の前へ立った時は、ばたり、ばたりと、団扇にしては物寂しい、大な蛾の音を立てて、沖の暗夜の不知火が、ひらひらと縦に燃える残んの灯を、広い掌で煽ぎ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ で、引返して行く女中のあとへついて、出しなに、真中の襖を閉める、と降積る雪の夜は、一重の隔も音が沈んで、酒の座は摺退いたように、ずッと遠くなる……風の寒い、冷い縁側を、するする通って、来馴れた家で戸惑いもせず、暗がりの座敷を一間、壁際・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・正直な満蔵は姉にどなられて、いつものように帯締めるまもなく半裸で雨戸を繰るのであろう。「おっかさんお早うございます。思いのほかな天気になりました」 満蔵の声だ。「満蔵、今日は朝のうちに籾を干すんだからな、すぐ庭を掃いてくれろ」・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・戸を締めると出るからな」 細君は帰って終う。岡村が蚊帳を釣ってくれる。予は自ら蒲団を延べた。二人は蚊帳の外で、暫く東京なる旧友の噂をする、それも一通りの消息を語るに過ぎなかった。「君疲れたろう、寝んでくれ給え」岡村はそういって、宿屋の帳・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「あの店も、はやらないとみえて、店を閉めるのだな。しかし、生き物を、こんなに、ぞんざいにするようでは、なに商売だって、栄えないのも無理はない。」と、こんなことを考えたのであります。 家に帰るとさっそく、木に水をやりました。また、わず・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・ 夜雨戸を閉めるのはいずれ女中の役目だろう故、まえもってその旨女中にいいつけて置けば済むというものの、しかしもう晩秋だというのに、雨戸をあけて寝るなぞ想えば変な工合である。宿の方でも不要心だと思うにちがいない。それを押して、病気だからと・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ヤトナの儲けでどうにか暮しを立ててはいるものの、柳吉の使い分がはげしいもので、だんだん問屋の借りも嵩んで来て、一年辛抱したあげく、店の権利の買手がついたのを幸い、思い切って店を閉めることにした。 店仕舞いメチャクチャ大投売りの二日間の売・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・――壁の外側に取りつけた戸袋に、二枚の戸を閉めると丁度いゝだけの隙があった。そこへ敷布団から例のものを出して、二寸ほどの隙間に手をつまらせないように、ものさしで押しこんだ。戸袋の奥へ突きあたるまで深く押しこんだ。「これで一と安心!」一瞬・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・きっちり障子を閉める音がした。「お前はむさんこに肥を振りかけるせに、あれは嫌うとるようじゃないかいの。」ばあさんは囁いた。「そうけえ。」「また、何ぞ笑われたやえいんじゃ。」「ふむ。」とじいさんは眼をしばたいた。「臭いな、・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・次に魚がぎゅっと締める時に、右の竿なら右の手であわせて竿を起し、自分の直と後ろの方へそのまま持って行くので、そうすると後ろに船頭がいますから、これが網をしゃんと持っていまして掬い取ります。大きくない魚を釣っても、そこが遊びですから竿をぐっと・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫