・・・扉が小さい室に風を煽って閉まると、ガチャン/\と鋭い音を立てゝ錠が下り、――俺は生れて始めて、たった独りにされたのだ。 俺は音をたてないように、室の中を歩きまわり、壁をたゝいてみ、窓から外をソッと覗いてみ、それから廊下の方に聞き耳をたて・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・幕の開いた時の感じもよかった。幕の閉まる時の人物の位置態度も大変よかった。そうして御俊も伝兵衛も綺麗であった。ただ与次郎なるものが少々やりすぎる。今一歩うち場に控えればあんな厭味は出ないはずである。○しまいの踊は綺麗で愉快だった。見てい・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・ 灸は障子が閉まると黙って下へ降りた。母は竈の前で青い野菜を洗っていた。灸は庭の飛び石の上を渡って泉水の鯉を見にいった。鯉は静に藻の中に隠れていた。灸はちょっと指先を水の中へつけてみた。灸の眉毛には細かい雨が溜り出した。「灸ちゃん。・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫