・・・少し開きかけたので力を緩めると、又元のように閉ってしまった。「オヤッ」と私は思った。誰か張番してるんだな。「オイ、俺だ。開けて呉れ」私は扉へ口をつけて小さい声で囁いた。けれども扉は開かれなかった。今度は力一杯押して見たが、ビクともし・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・一日の中、大部分は、其部屋の中に生活するのですから、客間、食堂、寝室などと云うものは、皆、勉強部屋での、深い緊張を緩める処、やや疲れた頭の慰安処として、考案されなければならないのです。 私は、直射する東や南の光線は大嫌いですから――・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・手を緩めると、顎は見事に嵌まってしまった。 二十の涎繰りは、今まで腮を押えていた手拭で涙を拭いた。お上さんも袂から手拭を出して嬉し涙を拭いた。 花房はしたり顔に父の顔を見た。父は相変らず微笑んでいる。「解剖を知っておるだけの事は・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫