・・・「構わねえたって、これ、縛るとなると。」「うつくしいお方が、見てる前で、むざとなあ。」 麦藁と、不精髯が目を見合って、半ば呟くがごとくにいう。「いいんですよ、構いませんから。」 この時、丸太棒が鉄のように見えた。ぶるぶる・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・お披露目をするといってもまさか天婦羅を配って歩くわけには行かず、祝儀、衣裳、心付けなど大変な物入りで、のみこんで抱主が出してくれるのはいいが、それは前借になるから、いわば蝶子を縛る勘定になると、反対した。が、結局持前の陽気好きの気性が環境に・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・いや縛る前に早く承諾書をとらなくちゃ。校長もさっぱり拙いなぁ。」 畜産の教師は大急ぎで、教舎の方へ走って行き、助手もあとから出て行った。 間もなく農学校長が、大へんあわててやって来た。豚は身体の置き場もなく鼻で敷藁を掘ったのだ。・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ーリキイが波瀾多いジクザクの道を経てその晩年には遂に人類的な規模で進歩的文化の地の塩となり得た迄の過程には、とりも直さず十九世紀後半から今日まで、夥しい犠牲に堪えつつ不撓な精神と情熱とをもって、自身を縛る鎖を断ち切るために闘いつづけているロ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・それは自分をある道徳、ある思想によって縛ることではありません。むしろ自分の内のすべてを流動させ、燃え上がらせ、大きい生の交響楽を響き出させる素地をつくるのです。 この「教養」は青春期においては、その感覚的刺激の烈しくない理由によって、き・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫