・・・のみならず、そこには大きな建物が並んで、烟が空にみなぎっているばかりでなく、鉄工場からは響きが起こってきて、電線はくもの巣のように張られ、電車は市中を縦横に走っていました。 この有り様を見ると、あまりの驚きに、少年は声をたてることもでき・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・ 大きく盆のようなのが、黒々と見ゆる山査子の枝に縦横に断截られて血潮のように紅に、今日も大方熱い事であろう。それにつけても、隣の――貴様はまア何となる事ぞ? 今でさえ見るも浅ましいその姿。 ほんに浅ましい姿。髪の毛は段々と脱落ち、地体が・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・自分は武蔵野を縦横に通じている路は、どれを撰んでいっても自分を失望ささないことを久しく経験して知っているから。 五 自分の朋友がかつてその郷里から寄せた手紙の中に「この間も一人夕方に萱原を歩みて考え申候、この野の中に・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ トロッコのレールが縦横に敷かさっている薄暗い一見地下室らしく見えるところを通って、階段を上ると、広い事務所に出た。そこで私の両側についてきた特高が引き継ぎをやった。「君は秋田の生れだと云ったな。僕もそうだよ。これも何んかのめぐり合・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・浮世の義理と辛防したるがわが前に余念なき小春が歳十六ばかり色ぽッてりと白き丸顔の愛敬溢るるを何の気もなく瞻めいたるにまたもや大吉に認けられお前にはあなたのような方がいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識も煎じ詰めれば女あって・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・しかし、これまでの経緯は一応、奥さんに申し上げて置きます」「はあ、どうぞ。おあがりになって。そうして、ゆっくり」「いや、そんな、ゆっくりもしておられませんが」 と言い、男のひとは外套を脱ぎかけました。「そのままで、どうぞ。お・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・若い才能は、思い切り縦横に、天馬の如く走り廻るべきだと思っています。試みたいと思う技法は、とことんまでも駆使すべきです。書いて書きすぎるという事は無い。芸術とは、もとから派手なものなのです。けれども私は、もうおそいようです。骨が固くなってし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・あとで地震学者に聞いてみると、あのタンガニイカ湖付近には実際大地震による断層が縦横に通っているのである。この一部が偶然にライオンの背景の中に出ているのも実写映画の妙味である。 蛮人の顔のクローズアップにはこの映画に限らず頭の上をはう蠅が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 登山流行時代の今日スポーツの立場から嶮岨をきわめ、未到の地を探り得てジャーナリズムをにぎわしたような場合でも、実は古い昔に名の知れない測量部員が一度はそこらを縦横に歩き回ったあとかもしれない。 上には上がある。測量部員が真に人跡未・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ 辰之助もその経緯はよく知っていた。今年の六月、二十日ばかり道太の家に遊んでいた彼は、一つはその問題の解決に上京したのであったが、道太は応じないことにしていた。今になってみると、道太自身も姉に担がれたような結果になっているので、人のよす・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫