・・・ ただお町の繰り言に聞いても、お藻代の遺書にさえ、黒髪のおくれ毛ばかりも、怨恨は水茎のあとに留めなかったというのに。―― 現代――ある意味において――めぐる因果の小車などという事は、天井裏の車麩を鼠が伝うぐらいなものであろう。 ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ いと長々しき繰り言をまだるしとも思わで聞きたる壮佼は一方ならず心を動かし、「爺さん、いやたあ謂われねえ、むむ、もっともだ。聞きゃ一人息子が兵隊になってるというじゃねえか、おおかた戦争にも出るんだろう、そんなことなら黙っていないで、・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 妻の繰り言は果てしがない。自分もなぜ早く池を埋めなかったか、取り返しのつかぬあやまちであった。その悔恨はひしひし胸にこたえて、深いため息をするほかはない。「ねいあなた、わたしがいちばん後に見た時にはだれかの大人下駄をはいていた。あ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・日ごとにその繰り言を長くし、日ごとに新たな証拠を加え、いよいよ熱心に弁解しますます厳粛な誓いを立てるようになった。誓いの文句などは人のいない時十分考えて用意しているのである。今やかれの心は全く糸の話で充たされてしまった。かれの弁解がいよいよ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・母がいつ来ても、同じような繰り言を聞かせて帰すのである。 厄難に会った初めには、女房はただ茫然と目をみはっていて、食事も子供のために、器械的に世話をするだけで、自分はほとんど何も食わずに、しきりに咽がかわくと言っては、湯を少しずつ飲んで・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・いつもいつも悔やんでも返らぬ繰り言である。護送の役をする同心は、そばでそれを聞いて、罪人を出した親戚眷族の悲惨な境遇を細かに知ることができた。所詮町奉行の白州で、表向きの口供を聞いたり、役所の机の上で、口書を読んだりする役人の夢にもうかがう・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫