・・・左近は喜びの余り眼に涙を浮べて、喜三郎にさえ何度となく礼の言葉を繰返していた。 一行四人は兵衛の妹壻が浅野家の家中にある事を知っていたから、まず文字が関の瀬戸を渡って、中国街道をはるばると広島の城下まで上って行った。が、そこに滞在して、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・笠井はくどくどとそこに行き着く注意を繰返して、しまいに金が要るなら川森の保証で少し位は融通すると付加えるのを忘れなかった。しかし仁右衛門は小屋の所在が知れると跡は聞いていなかった。餓えと寒さがひしひしと答え出してがたがた身をふるわしながら、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・とレリヤは繰り返して居たが、何だか泣きそうな顔になった。 その内別荘へ知らぬ人が来て、荷車の軋る音がした。床の上を重そうな足で踏む響がした。クサカは知らぬ人の顔を怖れ、また何か身の上に不幸の来るらしい感じがするので、小さくなって、庭の隅・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・……ついぞ愚痴などを言った事のない祖母だけれど、このごろの余りの事に、自分さえなかったら、木登りをしても学問の思いは届こうと、それを繰返していたのであるから。 幸に箸箱の下に紙切が見着かった――それに、仮名でほつほつとと書いてあった。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 考えて見ると果してその夜のごとき感情を繰返した事は無かった。年一年と苦労が多く、子供は続々とできてくる。年中あくせくとして歳月の廻るに支配されている外に何らの能事も無い。次々と来る小災害のふせぎ、人を弔い己れを悲しむ消極的営みは年とし・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・という言葉をおぼえて来て、そのころ、しきりにそれを繰り返していたそうだが、妻は、それが今回のことの前兆であったと、御幣をかついでいた。それももっともだというのは、僕が東京を出発する以前に、ようやく出版が出来た「デカダン論」のために、僕の生活・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ この文句に由ると順番札で売ったのは享和三年が初めらしいが、その後も疱瘡痲疹大流行の時は何度もこの繁昌を繰返し、喜兵衛の商略は見事に当って淡島屋はメキメキ肥り出した。 初代の喜兵衛も晩年には度々江戸に上って、淡島屋の帳場に座って天禀・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 私は時が長くなりましたからもうしまいにいたしますが、常に私の生涯に深い感覚を与える一つの言葉を皆様の前に繰り返したい。ことにわれわれのなかに一人アメリカのマサチューセッツ州マウント・ホリヨーク・セミナリーという学校へ行って卒業してきた・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色々な秘密らしい口供・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・毎日、こんなような同じことを繰り返して死んでしまわなければならないのか?」と、人々はため息をついていいました。 春になると、花が咲きました。ちょうどその国全体が花で飾られるようにみえました。夏になると、青葉でこんもりとしました。そして、・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
出典:青空文庫