第一章 死生第二章 運命第三章 道徳―罪悪第四章 半生の回顧第五章 獄中の回顧 第一章 死生 一 わたくしは、死刑に処せらるべく、いま東京監獄の一室に拘禁さ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・と法廷に揚言せる二十六歳の処女シャロット・ゴルデーは、処刑に臨みて書を其父に寄せ、明日(に此意を叫んで居る、曰く「死刑台は恥辱にあらず、、恥辱なるは罪悪のみ」と。 死刑が極悪・重罪の人を目的としたのは固よりである、従って古来多くの恥ずべ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・無心の唄を、私のお礼が、かえって濁らせるようなことがあっては、罪悪である。私は、ひとりでやきもきしていた。 恋、かも知れなかった。二月、寒いしずかな夜である。工場の小路で、酔漢の荒い言葉が、突然起った。私は、耳をすました。 ――ば、・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・「生を棄てて逃げ去るのは罪悪だと人は言う。しかし、僕に死を禁ずるその同じ詭弁家が時には僕を死の前にさらしたり、死に赴かせたりするのだ。彼等の考え出すいろいろな革新は僕の周囲に死の機会を増し、彼等の説くところは僕を死に導き、または彼等の定・・・ 太宰治 「織田君の死」
・・・私は飲酒というものを、罪悪であると思っている。悪徳にきまっている。けれども、酒は私を助けた。私は、それを忘れていない。私は悪徳のかたまりであるから、つまり、毒を以て毒を制すというかたちになるのかも知れない。酒は、私の発狂を制止してくれた。私・・・ 太宰治 「鴎」
・・・自分から死ぬという事は、一ばんの罪悪のような気も致しますから、私は、あなたと、おわかれして私の正しいと思う生きかたで、しばらく生きて努めてみたいと思います。私には、あなたが、こわいのです。きっと、この世では、あなたの生きかたのほうが正しいの・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ありとあらゆる罪悪の淵の崖の傍をうろうろして落込みはしないかとびくびくしている人間が存外生涯を無事に過ごすことがある一方で、そういう罪悪とおよそ懸けはなれたと思われる清浄無垢の人間が、自分も他人も誰知らぬ間に駆足で飛んで来てそうした淵の中に・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・とすると、無駄は罪悪でないまでも不当然であり不都合である。従って、そういう咎めを受けないためには、結局やはり何もしないで、じっとしているのがいいことになるのである。そうなればすべての活動は停止して冬眠の状態に陥ってしまうであろう。それならば・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・ 罪悪の心理がもしほんとうに科学的な正確さをもって書き表わされていれば、それは読者にとってはかなり有益であり、そうしてそういう罪悪を予防し減少するような効果を生じるかもしれない。これに反して罪悪の外側のゆがんだ輪郭がいたずらに読者の病的・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ ほんとうに非凡なえらい神様のような人間の目から見たら、事によるとわれわれのあらゆる罪悪がみんなベコニアやカラジウムの斑点のごとく美しく見えるかもしれないという気がする。 五 朝二階の寝間の床の上で目をさまし・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
出典:青空文庫