・・・害かれこれ五百円、それでも三号雑誌と言われたくなくて、ただそれだけの理由でもって、むりやり四号印刷して、そのときの編輯後記、『今迄で、三回出したけれど、何時だって得意な気持で出した覚えがないのである。罵倒号など、僕の死ぬ迄、思い出させては赤・・・ 太宰治 「喝采」
・・・丸山君は、いま日本で自分の信頼しているひとは、あなただけなんだから、これからも附合ってくれ、と言い、私は見っともないくらいそりかえって、いい気持になり、調子に乗って誰彼を大声で罵倒しはじめ、おとなしい丸山君は少しく閉口の気味になったようで、・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・日本に於いて今さら昨日の軍閥官僚を罵倒してみたって、それはもう自由思想ではない。それこそ真空管の中の鳩である。真の勇気ある自由思想家なら、いまこそ何を措いても叫ばなければならぬ事がある。天皇陛下万歳! この叫びだ。昨日までは古かった。古いど・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・僕は、あの笠井氏から、あまりにも口汚く罵倒せられ、さすがに口惜しく、その鬱憤が恋人のほうに向き、その翌日、おかみが僕の社におどおど訪ねて来たのを冷たくあしらい、前夜の屈辱を洗いざらい、少しく誇張さえまぜて言って聞かせて、僕も男として、あれだ・・・ 太宰治 「女類」
・・・僕たちだって、佳い先輩にさんざん自分たちの仕事を罵倒せられ、その先輩の高い情熱と正しい感覚に、ほとほと参ってしまっても、その先輩とわかれた後で、「あの先輩もこのごろは、なかなかの元気じゃないか。もういたわってあげる必要もないようだ。」・・・ 太宰治 「水仙」
・・・読むとしても、主人公の醜態を行っている描写の箇所だけを、憫笑を以て拾い上げて、大いに呆れて人に語り、郷里の恥として罵倒、嘲笑しているくらいのところであろう。四年まえ、東京で長兄とちょっと逢った時にも長兄は、おまえの本を親戚の者たちへ送ること・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・とかく暗闇の場所を好むようになり、たまに玄関の日当りのいい敷石の上で、ぐったり寝そべっていることがあっても、私が、それを見つけて、「わあ、ひでえなあ」と罵倒すると、いそいで立ち上って首を垂れ、閉口したようにこそこそ縁の下にもぐりこんでし・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・こう云うと、役者や見物を一概に罵倒するようでわるいから、ちょっと説明します。 この間帝国座の二宮君が来て、あなたの明治座の所感と云うものを読んだが、我々の神経は痲痺しているせいだか何だかあなたの口にするような非難はとうてい持ち出す余地が・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・はてはあらゆる他の課目を罵倒し去るのである。 かかる行動に出ずる人の中で、相当の論拠があって公然文部省所定の課目に服せぬものはここに引き合に出す限りではない。それほどの見識のある人ならば結構である。四角に仕切った芝居小屋の枡みたような時・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・それは頭が不明暸なんだからだと注意してやると、かえって吾々を軽蔑したり、罵倒したりするから厄介です――しかしこれはここで云う事ではない。演説の足が滑って泥溝の中へちょっと落ちたのです。すぐ這い上って真直に進行します。 吾人は今申す通り我・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫