・・・ 津田君といえども伝習の羈絆を脱却するのは困難である。あるいは支那人や大雅堂蕪村やあるいは竹田のような幻像が絶えず眼前を横行してそれらから強い誘惑を受けているように見える。そしてそれらに対抗して自分の赤裸々の本性を出そうとする際に、従来・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・窮屈な羈絆の暑さのない所には自由の涼しさもあるはずはない。一日汗水たらして働いた後にのみ浴後の涼味の真諦が味わわれ、義理人情で苦しんだ人にのみ自由の涼風が訪れるのである。 涼味の話がつい暑苦しくなった。 きょう、偶然ことし流行の染織・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・当時思うよう、学問は必ずしも独学にて成し遂げられないことはあるまい、むしろ学校の羈絆を脱して自由に読書するに如くはないと。終日家居して読書した。然るに未だ一年をも経ない中に、眼を疾んで医師から読書を禁ぜられるようになった。遂にまた節を屈して・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ 三 先ず、女性の作家に加えられた評言に就て反省して見る事は、即ち持つならば或る欠点や、羈絆から脱して、よりよい次の一歩を踏出す事に成るのではないだろうか。 自分はそれを詰らない事だとも、恥しい事だとも・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・男性への爆弾というとき、我々若きジェネレーションは、女から女独特の爆発力を加えて装填した爆弾を男に只ぶつけるのではなくて、男にそれを確かと受とめさせ、とって直して、男と女との踵に重い今日の社会的羈絆から諸共に解放されようとする、その役に立て・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・母の属した社会の羈絆がそれを圧しつけて萎えさせたり、歪めたりさえしなかったら、鍛錬を経て花咲くべき才能をも持っていたと思う。 母は、今の世の中のしきたりにおとなしく屈従して暮すには強く、しかし強く社会的に何事かを貫徹して生きるためにはま・・・ 宮本百合子 「母」
・・・鹿地氏の文章で、何故今日まで中国文学が特にその理論的な面、批評の面で全く薄弱であるかという理由を学ぶすべての読者は、社会生活の複雑な旧い羈絆が文学を害することの夥しいことに驚かざるを得ないだろうと思う。中国の作家が封建的な重荷とたたかい時を・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・それにもかかわらず、結婚生活というものはその形式の本質の中に、アンネットの要求を必然ならしめるような社会的羈絆を女の肉体と精神との上になげかけることに於ては今日もまだ変っていない。その苦痛と抗議とには、言葉と身ぶりが違っていてもやはり日本の・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・ 現在、私共の生活を支配して居る数多の形式、形式の生む種々の迷信と、羈絆とは、如何な力で解かれなければならないのか。 私共には、その力が無い。その純粋さから湧く、太陽のような力が無い。其の力が無い許りに、私共は恐ろしい紛糾と悔恨の苦・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・性関係における自主的選択が女に許されていなかった過去の羈絆は、そういう相互のいきさつの間に形を変えて生きのこり、現れたのであった。 大衆の組織が、短時間の活動経験を持ったばかりで、私たちの日常の耳目の表面から退潮を余儀なくされて後、その・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫