・・・これは美化され、理想化された大阪弁であって、隅から隅まで大阪弁的でありたいという努力が、かえって大阪弁のリアリティを失っているように思われる。その点宇野氏の「長い恋仲」は大阪弁の音楽的美しさは感じられないが、一種トボけた味がある。ことに、東・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ シンガポールやコロンボの暑さは、たしかに暑いには相違ないが、その暑さはいわば板についた暑さで、自然の風物も人間の生活もその暑さにぴったり調和しているので、暑さが美化され純化されている。今思いだすだけでも熱帯の暑さの記憶は実に美しい幻影・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ サンピエール寺院に行き、ベルトンを誘惑しようとする場面は、もう少しどうにか美化しても効果が薄くなりはしなかったろうと思う。 掻口説く声が、もっと蠱惑的に暖く抑揚に富み――着物を脱いでからの形は、あれほかの思案のつかないものだろうか・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ 悲しい死によって美化された幼児の顔はこの上なく尊げなものである。 白蝋の様な頬の色、思い深い紅に閉された小さい唇の上に表れた死の姿は実に不可思議なものに見える。今まじまじと目の前に表れ出た頬のない美くしさ、冷やかさを持って居る死は・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・と云う厭うべき遁辞の裡に美化しようとするのみならず、小溝も飛べない弱さを、優美とし「珍重」する男性は、その遁辞を我からあおって、自分等の優越を誇って居ります。 此等に気焔を上げてしまいましたが、とにかく、此の積極的という事は、万事に就て・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ヨーロッパの自然は、ギリシャ時代、ルネッサンスにあってはアポロだのジュピターだのという伝説の神々の仮名で重々しく擬人化され、美化され、中世紀は、たとえそれは栄光的であるとしても全く人為的な、神学の造化物として描かれた。あのように科学的天稟ゆ・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・個人の人間性への自覚、道徳的・宗教的愛の実践というものが人生を浄めると考えたトルストイは、大地主であり貴族である自身の生活環境に対する批判から、農民の素朴な信仰、飾られない人間性を理想化し或る意味では美化して高く評価した。労働、菜食、百姓な・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・それらが、美化された労働・労働を眺めるもののロマンティシズムにたって謳われていることだけを云々するのは妥当を欠くであろう。藤村の歴史性、個人の境遇的な特質が、こういう風に積極的に人間と自然との結びつきを謳ってもなお歴然たるところに、未来の詩・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・達成にふれて云っている言葉を、決してマルクス自身「絶対的に美化していないこと」その段階を人類史の大局からはマルクス自身が「未成熟」とし「二度と再び帰らぬ」ことを強調していることを論じている点など、単な思想史には見出されないプラスである。ウィ・・・ 宮本百合子 「新島繁著『社会運動思想史』書評」
・・・遠いよその土地の美化された物語としてではなく、このごたついた、でこぼこのひどい、けなげなひとびとの足もつまずきやすい障害だらけの日本の中で、じりりじりりと推しまわされてゆかなければならない、人民の民主主義にたつ社会へ新しいまわり舞台。その仕・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫