・・・ アグリパイナには乳房が無い、と宮廷に集う伊達男たちが囁き合った。美女ではなかった。けれどもその高慢にして悧※、たとえば五月の青葉の如く、花無き清純のそそたる姿態は、当時のみやび男の一、二のものに、かえって狂おしい迄の魅力を与えた。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 魚容は仰天して立ち上り、それから少し躊躇したが、ええ、ままよ、といきなり美女の細い肩を掻き抱いた。「離して。いきが、とまるわよ。」と竹青は笑いながら言って巧みに魚容の腕からのがれ、「あたしは、どこへも行かないわよ。もう、一生あなた・・・ 太宰治 「竹青」
・・・例えば『諸国咄』では義経やその従者の悪口棚卸しに人の臍を撚り、『一代女』には自堕落女のさまざまの暴露があり、『一代男』には美女のあら捜しがある。 このような批判の態度をもって西鶴が当時の武士道の世界を眺めたときに、この特殊な世界が如何に・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・かくの如き江戸衰亡期の妖艶なる時代の色彩を想像すると、よく西洋の絵にかかれた美女の群の戯れ遊ぶ浴殿の歓楽さえさして羨むには当るまい。 * 小石川は東京全市の発達と共に数年ならずしてすっかり見違えるようになってし・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・心緒無レ美女は、心騒敷眼恐敷見出して、人を怒り言葉※て人に先立ち、人を恨嫉み、我身に誇り、人を謗り笑ひ、我人に勝貌なるは、皆女の道に違るなり。女は只和に随ひて貞信に情ふかく静なるを淑とす。 冒頭第一、女は容よりも心の勝れたるを善・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・「喜びの泉よ、いと浄き美女よ、花咲く林檎の樹よ……」 祖母は殆ど毎朝、新しい賞讚の言葉を発見した。そしてそれが小さいゴーリキイの心に快い緊張をよび醒した。言葉の流れる温い美しさ、真実のこもった単純な心から賞讚にじっと聴きいるのは心持・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・同様にまた彼らが一人の美女を見る場合にも、この女の容姿に盛られた生命の美しさは彼らには無関係である。彼らはただ肉欲の対象として、牛肉のいい悪いを評価すると同じ心持ちで、評価する。この種の享楽の能力は、嗅覚と味覚の鈍麻した人が美味を食う時と同・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫