・・・ 若し赤穂義士を許して死を賜うことなかったならば、彼等四十七人は尽く光栄ある余生を送りて、終りを克くし得たであろう歟、其中或は死よりも劣れる不幸の人、若くば醜辱の人を出すことなかったであろう歟、生死孰れが彼等の為めに幸福なりし歟、是れ問・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・われら破れかぶれの討入の義士たちは、顔を見合せて、苦笑した。 僕はわざと大声で、「鶴田君! 君は、ふだんからどうも、酒も何も飲まず、まじめ過ぎるよ。今夜は、ひとつ飲んでみたまえ。これもまた人生修行の一つだ。」などと、大酒飲みの君に向・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
友の来って誘うものあれば、わたくしは今猶向島の百花園に遊ぶことを辞さない。是恰も一老夫のたまたま夕刊新聞を手にするや、倦まずして講談筆記の赤穂義士伝の如きものを読むに似ているとでも謂うべきであろう。老人は眼鏡の力を借りて紙・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・即ち戸外の義士は家内の好主人たるの実を見るべし。いかなる場合にも放蕩無情、家を知らざるの軽薄児が、能く私権のために節を守りて義を全うしたるの例は、我輩の未だ聞かざる所なり。 窃かに世情を視るに、近来は政治の議論漸く喧しくして、社会の公権・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ いま作品の名をおもい出せませんが赤穂義士の仇討に対してそれを唯封建的な忠義の行為と見ず、浪士たちの経済的事情やその他の現実的いきさつを主眼として扱ったものもあったようです。 これから森田氏がどういう作品をかかれるか知らないけれども・・・ 宮本百合子 「心から送る拍手」
・・・不折まがいの奇抜な字で、余興と題した次に、赤穂義士討入と書いて、その下に辟邪軒秋水と注してある。 秋水の名は私も聞いていた。電車の中の広告にも、武士道の鼓吹者、浪界の泰斗と云う肩書附で、絶えずこの名が出ているから、いやでも読まざることを・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫