・・・三 翌朝私が目を覚した時には、周囲の者はいずれももう出払っていたが、私のほかに今一人、向うの部屋で襤褸布団に裹まっている者があった。それは昨夜遅く帰った白い兵児帯の男だ。私は昨日からの餒じさが、目を覚ますとともに堪えがたく感・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 翌朝眼がさめると、白い川の眺めがいきなり眼の前に展けていた。いつの間にか雨戸は明けはなたれていて、部屋のなかが急に軽い。山の朝の空気だ。それをがつがつと齧ると、ほんとうに胸が清々した。ほっとしたが、同時に夜が心配になりだした。夜になれ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 翌朝、男は近くの米屋から四合十銭の米と、八百屋から五銭の青豌豆を買ってきて、豌豆飯を炊いて、食べさせてくれました。そして、どうだ、拾い屋をやる気はないかと言うので、私は人恋しさのあまりその男にふと女心めいたなつかしさを覚えていたのでし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ すぐにも電報と思ったが、翌朝方丈の電話を借りさせて、東京の弟の勤め先きへすぐ来るようにとかけさせた。弟の来たのは昼ごろだった。「じつはね、Fを国へ帰そうと思ってね、……いや別にそんなことで疳癪を起したというわけでもないんだがね、じ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・それでもまだ、彼が今度きゅうに、会のすんだ翌朝、郷里へ発たねばならぬという用意さえできなかったら、あるいはお互の間が救われたかもしれない。しかし彼の出発のことは、四五日前決ってしまった。そこで彼はまったく私に絶望して、愛想を尽かしてしまった・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 翌朝早く起きいでて源叔父は紀州に朝飯たべさせ自分は頭重く口渇きて堪えがたしと水のみ飲みて何も食わざりき。しばししてこの熱を見よと紀州の手取りて我額に触れしめ、すこし風邪ひきしようなりと、ついに床のべてうち臥しぬ。源叔父の疾みて臥するは・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 翌朝早大友は大東館を立った。大友ばかりでなく神崎や朝田も一緒である。見送り人の中にはお正も春子さんもいた。 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 呉清輝は、腹からおかしく、快よいもののようにヒヒヒと笑った。 翌朝、おやじが、あたふたと、郭を探しにはいってきた。郭の所有物を調べた。ズックの袋も、破れ靴も、夏の帽子も何一つ残っていなかった。「くそッ! 畜生! 百円がところ品・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・そこでまた思い切ってその翌朝、今度は団飯もたくさんに用意する、銭も少しばかりずつ何ぞの折々に叔父に貰ったのを溜めておいたのをひそかに取り出す、足ごしらえも厳重にする、すっかり仕度をしてしまって釜川を背後に、ずんずんずんずんと川上に上った。や・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ とおげんは独りになってから言って見た。 翌朝、看護婦はおげんのために水薬の罎を部屋へ持って来てくれた。「小山さん、今朝からお薬が変りましたよ」 という看護婦の声は何となくおげんの身にしみた。おげんは弟の置いて行った土産を戸・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫