・・・ 小一に仮装したのは、この山の麓に、井菊屋の畠の畑つくりの老僕と日頃懇意な、一人棲の堂守であった。大正十四年三月 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・然らば先生は故郷で何を為ていたかというに、親族が世話するというのも拒んで、広い田の中の一軒屋の、五間ばかりあるを、何々塾と名け、近郷の青年七八名を集めて、漢学の教授をしていた、一人の末子を対手に一人の老僕に家事を任かして。 この一人の末・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ ある年の冬の初め、この庭の主人は一人の老僕と、朝な朝な箒執りて落ち葉はき集め、これを流れ岸の七個所に積み、積みたるままに二十日あまり経ちぬ。霜白く置きそむれば、小川の水の凍るも遠からじと見えたり。かくて日曜日の夕暮れ、詩人外より帰り来・・・ 国木田独歩 「星」
・・・お言葉に甘えて老僕イシャク・バイをつかわす。この男の口中の格好はだいたい自分のと同様である。もっともこの男には歯が一本もないが自分には上の左の犬歯が一本残っている。それでこの男の口に合うようにして、ただし犬歯の所だけ明けておいてくれ」と言っ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫