・・・しかし何家の老人も同じ事で、親父はその老成の大事取りの心から、かつはあり余る親切の気味から、まだまだ位に思っていた事であろう、依然として金八の背後に立って保護していた。 金八が或時大阪へ下った。その途中深草を通ると、道に一軒の古道具屋が・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・いやに、老成ぶった口調だったので、みんな苦笑した。次兄も、れいのけッという怪しい笑声を発した。末弟は、ぶうっとふくれて、「僕は、そのおじいさんは、きっと大数学者じゃないか、と思うのです。きっと、そうだ。偉い数学者なんだ。もちろん博士さ。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・先日の二人の学生さんだって、十六七には見えながら、その話振りには、ちょいとした駈引などもあり、なかなか老成していた箇所がありました。いわば、新聞編輯者として既に一家を成していました。お二人が帰られてから私は羽織を脱ぎ、そのまま又布団の中にも・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・ 女の二十七、八は、男の四十いやそれ以上に老成している一面を持っている。なかなか、たのもしく落ちついていた。三十七になっても、さっぱりだめな義兄は、それから板塀の一部を剥いで、裏の畑の上に敷き、その上にどっかとあぐらを掻いて坐り、義妹の・・・ 太宰治 「薄明」
・・・生徒の老成後の倫理道徳観が中学校で教わった所と如何ほど懸隔しても仕方がない。やはり中学校の倫理は無益ではない。自分は科学というものの方法や価値や限界などを多少でも暗示する事が却って百千の事実方則を暗記させるより有益だと信じたい。そうすれば今・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・その後は特に俳句のために気焔を吐いて病牀でしばしばその俳句を評論する機会も多くなったが、さてその句はどうかというと、或鋳型の中に一定したという事はないために善いと思う事もあり悪いと思う事もあり、老成だと思う事もあり初心だと思う事もあり、しっ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ なるほど、川端康成は老成の筆ぶりで「わが犬の記」を書き、綿々たる霊の讚歌「抒情歌」を書き、決して直木三十五のように商売半分のファッショ風なたんかなどを切ってはいない。 まるで正反対である。「水晶幻想」時代には近代のブルジョア・イン・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫