・・・第二の若僧が又何か云おうとすると下手の雑な彫刻をした扉が細く開いて遠慮深くここの主夫婦が出て来る。目立たない――、それでも内福らしい着物に老婆の小指の指環が一つ目を引く。老爺 いかがでござらっしゃります。 先ほど、お・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・またその横の卵屋では、無数の卵の泡の中で兀げた老爺が頭に手拭を乗せて坐っていた。その横は瀬戸物屋だ。冷胆な医院のような白さの中でこれは又若々しい主婦が生き生きと皿の柱を蹴飛ばしそうだ。 その横は花屋である。花屋の娘は花よりも穢れていた。・・・ 横光利一 「街の底」
・・・こんな空想にふけりながら、ぼんやり乳飲み児を見おろしている母親の姿をながめ、甘えるらしく自分により掛かってくる女の子を何か小声で言いなだめているらしい、老婆の姿をながめ、見るともなく正面を見つめている老爺の悲しむ力をさえ失ったような顔をなが・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫