・・・たとえば、黙々相対して花を守る老翁の「心の色」にさびを感じ、秋風にからびた十団子の「心の姿」にしおりを感じたのは畢竟曇らぬ自分自身の目で凡人以上の深さに観照を進めた結果おのずから感得したものである。このほかには言い現わす方法のない、ただ発句・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・少しびっこで恐ろしく背の高いやせこけた老翁であったが、破れ手ぬぐいで頬かぶりをした下からうすぎたない白髪がはみ出していたようである。着物は完全な襤褸でそれに荒繩の帯を締めていたような気がする。大きい炭取りくらいの大きさの竹かごを棒切れの先に・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・さればこの場合に之を云々するのは、恰も七十の老翁を捉えて生命保険の加入契約を勧告し、或はまた玉の井の女に向って悪疾の有無を問うにもひとしく、あまりにばかばかし過る事である。是亦車中百花園行を拒むもののなかった理由であろう。わたくし達は、又日・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・貝原益軒翁が、『養生訓』を著わし、『女大学』を撰して、大いに世の信を得たるは、八十の老翁が自身の実験をもって養生の法を説き、誠実温厚の大儒先生にして女徳の要を述べたるがゆえに然るのみ。もしもこの『養生訓』、『女大学』をして、益軒翁以下、尋常・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
出典:青空文庫