・・・ 考え出すと果てがない。省作は胸がおどって少し逆上せた。人に怪しまれやしまいかと思うと落ち着いていられなくなった。省作は出たくもない便所へゆく。便所へいってもやはり考えられる。 それではおとよさんは、どうもおれを思ってるのかもしれな・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ しばらくは黙っていたけれど、いつまで話もしないでいるはなおおかしい様に思って、無理と話を考え出す。「民さんはさっき何を考えてあんなに脇見もしないで歩いていたの」「わたし何も考えていやしません」「民さんはそりゃ嘘だよ。何か考・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・彼等の考え出すいろいろな革新は僕の周囲に死の機会を増し、彼等の説くところは僕を死に導き、または彼等の定める法律は僕に死を与えるのだ。」 織田君を殺したのは、お前じゃないか。 彼のこのたびの急逝は、彼の哀しい最後の抗議の詩であった。・・・ 太宰治 「織田君の死」
・・・ あれ、これと考え出すと私は酒を飲まずにおられなくなります。酒によって自分の文学観や作品が左右されるとは思いませんが、ただ酒は私の生活を非常にゆすぶっている。前にも申しましたように人と会っても満足に話が出来ず、後であれを言えばよかった、・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・世の中には古社寺保存の名目の下に、古社寺の建築を修繕するのではなく、かえってこれを破壊もしくは俗化する山師があるように、邦楽の改良進歩を企てて、かえって邦楽の真生命を殺してしまう熱心家のある事を考え出す。しかし先生はもうそれらをば余儀ない事・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・一々考え出すのが第一の困難で、考え出した品物について取捨をするのが第二の困難だ」「そんな困難をして飯を食ってるのは情ない訳だ、君が特別に数奇なものが無いから困難なんだよ。二個以上の物体を同等の程度で好悪するときは決断力の上に遅鈍なる影響・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 目の廻る程急がしい用意の為めに、昼の間はそれとなく気が散って浮き立つ事もあるが、初夜過ぎに吾が室に帰って、冷たい臥床の上に六尺一寸の長躯を投げる時は考え出す。初めてクララに逢ったときは十二三の小供で知らぬ人には口もきかぬ程内気であった・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・あすこならばと考え出す途端に、背中で、「ふふん」と云う声がした。「何を笑うんだ」 子供は返事をしなかった。ただ「御父さん、重いかい」と聞いた。「重かあない」と答えると「今に重くなるよ」と云った。 自分は黙って森を・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・寝てしまう時は善いが、寝られないでまた考え出す事がある。元来我慢しろと云うのは現在に安んぜざる訳だ――だんだん事件がむずかしくなって来る――時々やけの気味になるのは貧苦がつらいのだ。年来自分が考えたまた自分が多少実行し来りたる処世の方針はど・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 耕助は何かもっと別のことを言おうと思いましたが、あんまりおこってしまって考え出すことができませんでしたのでまた同じように叫びました。「うあい、うあいだ、又三郎、うなみだいな風など世界じゅうになくてもいいなあ、うわあい。」「失敬・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫