・・・――そこに髪を切った浅川の叔母が、しきりと耳掻きを使いながら、忘れられたように坐っていた。それが洋一の足音を聞くと、やはり耳掻きを当てがったまま、始終爛れている眼を擡げた。「今日は。お父さんはもうお出かけかえ?」「ええ、今し方。――・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ むかし新聞屋をしていた頃、さんざ他人の攻撃をして来た自分が、こんどは他人より手ひどく攻撃されるという、廻合せの皮肉さに、すこしは苦笑する余裕があっても良かりそうなものだのに、お前はそんな余裕は耳掻きですくう程も無く、すっかり逆上してし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・さしぶりの読書したくなって、机のまえに正坐し、まず机の引き出しを整理し、さいころが出て来たので、二、三度、いや、正確に三度、机のうえでころがしてみて、それから、片方に白いふさふさの羽毛を附したる竹製の耳掻きを見つけて、耳穴を掃除し、二十種に・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫