・・・と四隣へ気を兼ねながら耳語き告ぐ。さすがの女ギョッとして身を退きしが、四隣を見まわしてさて男の面をジッと見、その様子をつくづく見る眼に涙をにじませて、恐る恐る顔を男の顔へ近々と付けて、いよいよ小声に、「金さん汝情無い、わたしにそんな・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ところにはちょっとした「俳諧」があるように思われた。 最後に、勲功によって授爵される場面で、尊貴の膝下にひざまずいて引き下がって来てから、老妻に、「どうも少しひざまずき方が間違ったようだよ」と耳語しながら、二人でふいと笑いだすところがあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・前の世の耳語きを奈落の底から夢の間に伝える様に聞かれる。ウィリアムは茫然としてこの微音を聞いている。戦も忘れ、盾も忘れ、我身をも忘れ、戸口に人足の留ったも忘れて聞いている。ことことと戸を敲くものがある。ウィリアムは魔がついた様な顔をして動こ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫