・・・それをあなた平気でわたくしにお聞きになるのですか。 女。ではどんなにして伺えばよろしいのでしょう。 男。だって驚くじゃありませんか。あの時わたくしには始めて分かったのです。まあ、あなたがうそつきだとは申しますまい。体好く申せばわたく・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・の一言で聞き捨て、見捨て、さて陣鉦や太鼓に急き立てられて修羅の街へ出かければ、山奥の青苔が褥となッたり、河岸の小砂利が襖となッたり、その内に……敵が……そら、太鼓が……右左に大将の下知が……そこで命がなくなッて、跡は野原でこのありさまだ。死・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・お霜は洗濯竿の脱れた音を聞きつけて立ち上った。「お霜さん。煙草一ぷく吸わしてくれんかな。」「安次、行くぞ。」勘次は云った。「お前ひとりで行って来てくれんかよ。」「お前、行かにゃ何んにもならんが。」「もうお前、ひ怠るてひ怠・・・ 横光利一 「南北」
・・・どなたでもあの男を見ると不思議がってお聞きになりますよ。本当にあのエルリングは変った男です。」こう云いさして、大層意味ありげに詞を切って、外の事を話し出した。なんだかエルリングの事は、食卓なんぞで、笑談半分には話されないとでも思うらしく見え・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そしてその雑音を聞き定めようとしている。なんだかそれが自分に対してよそよそしい、自分に敵する物の物音らしく思われる。どうも大勢の人が段々自分の身に近寄って来はしないかというような心持になる。闇が具体的になって来るような心持になる。そこで慌た・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・新年言志みことのりあやにかしこみかしこみてただしき心おこせ世の人廿七日の怪事件を聞きていざさらば都にのぼり九重の宮居守らん老が身なれど野老 こういう手紙が大晦日の晩についた。野老は小生の老父で、安・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫