・・・日本人はその声を聞くが早いか、一股に二三段ずつ、薄暗い梯子を駈け上りました。そうして婆さんの部屋の戸を力一ぱい叩き出しました。 戸は直ぐに開きました。が、日本人が中へはいって見ると、そこには印度人の婆さんがたった一人立っているばかり、も・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・俺しの聞くのはそんなことじゃない。理屈を聞こうとしとるんではないのだ。早田は俺しの言うことが飲み込めておらんから聞きただしているのじゃないか。もう一度俺しの言うことをよく聞いてみるがいい」 そう言って、父は自分の質問の趣意を、はたから聞・・・ 有島武郎 「親子」
・・・その声を聞くものは、譬えば闇の夜が吐く溜息を聞くかと思った。その声を聞けば、何となく暖かい家が慕わしくなる。愛想のある女の胸が慕わしくなる。犬は吠え続けた。 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・秋風が朝から晩まで吹いて、見るもの聞くもの皆おおいなる田舎町の趣きがある。しめやかなる恋のたくさんありそうな都、詩人の住むべき都と思うて、予はかぎりなく喜んだのであった。 しかし札幌にまだ一つ足らないものがある、それはほかでもない。生命・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
昔男と聞く時は、今も床しき道中姿。その物語に題は通えど、これは東の銭なしが、一年思いたつよしして、参宮を志し、霞とともに立出でて、いそじあまりを三河国、そのから衣、ささおりの、安弁当の鰯の名に、紫はありながら、杜若には似も・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・平生聞ゆるところの都会的音響はほとんど耳に入らないで、うかとしていれば聞き取ることのできない、物の底深くに、力強い騒ぎを聞くような、人を不安に引き入れねばやまないような、深酷な騒ぎがそこら一帯の空気を振蕩して起った。 天神川も溢れ、竪川・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・「鳥渡聴くが、光弾の破裂した時はどんなものだ?」「三四尺の火尾を曳いて弓形に登り、わが散兵線上に数個破裂した時などは、青白い光が広がって昼の様であった。それに照らされては、隠れる陰がない。おまけに、そこから敵の砲塁までは小川もなく、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・作さんという人は店に在ないから、椿岳の娘は不思議に思って段々作さんという人の容子を聞くと、馬に乗ってるという事から推しても父の椿岳に違いないので、そんならお父さんですというと、家内太夫は初めて知って喫驚したそうだ。椿岳は万事がこういう風に人・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・方伯ペリクス其妻デルシラと共に一日パウロを召してキリストを信ずるの道を聴く、時にパウロ公義と樽節と来らんとする審判とを論ぜしかばペリクス懼れて答えけるは汝姑く退け、我れ便時を得ば再び汝を召さん、とある、而して今時の説教師、其・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ その後というものは、毎夜、さよ子は町の方から聞こえてくるよい音色を聞くたびに、不思議な思いをせずにはいられなくなりました。 やがて、紅く燃えていたような夏が逝きかけました。つばめは海を渡って、遠い南の永久夏の国に帰る時分となりまし・・・ 小川未明 「青い時計台」
出典:青空文庫