・・・ところが聴衆はしいんとなって一生けん命聞いています。ゴーシュはどんどん弾きました。猫が切ながってぱちぱち火花を出したところも過ぎました。扉へからだを何べんもぶっつけた所も過ぎました。 曲が終るとゴーシュはもうみんなの方などは見もせずちょ・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・出来ない言葉を対手に分らせようとする熱中から私は不思議にその時聴衆の顔がはっきり見えた。私が「分りますか」というと「分る、心配するな」といってくれる髯の爺さんの笑っている顔もはっきり、よろこびをもって認めることが出来た。 これは小さい経・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・或る一つの音楽会をきいた聴衆として、一定の印象をうけてかえって翌日新聞などを見ると、ちょうど旧劇批評家の或るタイプを思わせるような挨拶のような言葉を評として発表されてある。素人は学ぶところがありません。演奏家、作曲家等は、どのような感想をも・・・ 宮本百合子 「期待と切望」
・・・ ちらりちらり上眼で聴衆を見ながら一分間息もつかぬ女声の速射砲。農婦と工場労働婦人の結合のため、我々コムソモールは全力をつくすであろう! ひょいと片肱あげて一段高い演壇から降り、舞台の奥へ戻ってしまった。湧きおこるインターナショナル。 ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 投書にある十二月二十五日の講演会は政治と文学をテーマとして神田・中央大学に開かれ聴衆二千ばかりだった。そこでわたくしは、今日、日本に生きているファシズムについて話した。東條が処刑された翌日の新聞に、家族が父は死んだのではありません、生・・・ 宮本百合子 「事実にたって」
・・・を聴いている聴衆は、昼間工場や役所やで、木綿服で働いている男女の勤労者である。金ピカの棧敷や、赤ビロードで張った座席には、冷たい水で顔を洗い、さっぱり洗濯した白木綿のブラウズをきた女が、音楽をききながら、いい香のロシア・リンゴを前歯でかいて・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・けれども、わたしへのそのふれかたの中には、わたしが迷惑し、聴衆や読者の判断があやまられるばかりでなく、もっと複雑な誤解や事実とちがう憶測を刺戟する要素がふくまれている。それらの点をはっきりさせたいと思う。 平野氏の話のきっかけは、『新日・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
・・・ そして終には、教会の説教台に立って、幾百かの聴衆を前にして居ると同様に、手を動かし眉をあげて、いよいよ声高に云うのを見て居ると、私は何よりも先ず激しい恐怖に捕われて仕舞った。 生れて始めて斯う云う処に来た事丈でさえ異った気持にされ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・そのときクロポトキンは、ツルゲーネフの諸作品の重要なモティーヴが殆ど皆恋愛におかれていることに聴衆の注意をひき「ルージン」の扱い方では作者にすっかり同意を示した。クロポトキンは、語調に熱さえふくめてこう云った。「マッジニイとラサールは同じよ・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・それよりも、初めから落ち着いて宣伝のできるように、どこかに会場を借り聴衆を集めて演説するとする。父の情熱は純粋であり、考えも正しいが、しかし残念ながら極めて単純である。情熱、確信という点においては聴衆以上であるとしても、話すことの内容は反っ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫