・・・利己的であると同時に気の弱い彼は、少なくも人目にはたいした事ではないと思われるらしい病気のために職務を怠っている事に対する人の非難を気にしていた。それで時々彼を見舞いに来る友人らがなんの気なしに話す世間話などの中から皮肉な風刺を拾い上げ読み・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・「決して御客様方の人格を疑うような訳ではありませんが、これも職務で御座いますからどうか悪しからず御勘弁を願います」と云う。こう云われてみると私はますます弱ってしまうのであった。私は恐縮して監督と警官に丁寧に挨拶して急いでそこを立去った。別の・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし、それでもいいからと云われるので、ではともかくもなるべくよく読み返してみてからと思っているうちに肝心な職務上の仕事が忙しくて思うように復習も出来ず、結局瑣末な空談をもって余白を汚すことになったのは申訳のない次第である。読者の寛容を祈る・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・商人が自分の商品に興味と熱を失う時代は、やがて官吏が職務を忘却し、学者が学問に倦怠し、職人が仕事をごまかす時代でありはしないかという気がすることもある。しかし考巧忠実な店員に接し掌をさすように求める品物に関する光明を授けられると悲観が楽観に・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・美術批評家でも何でもない自分等は、そういう第一印象を無視して無理に職務的に理論的に一つ一つの絵の鑑賞点を虫眼鏡で掘り出す気にはどうにもなれないのである。 横山大観氏の絵だけには、いつでも何かしら人を引きつける多少の内容といったようなもの・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・編暦をつかさどる人々は、たとえば東京における三月の平均温度が摂氏何度であるかを知らなくても職務上少しもさしつかえはない。北半球の春は南半球の秋である事だけを考えてもそれはわかるだろう。 春という言葉が正当な意味をもつのは、地球上でも温帯・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・もちろんこれらの人々は一方ではそれぞれの本来の職務に従事しているが、その職務時間の若干をさいて公衆のためにこれらの記事を草するという事は少しも不都合とは思われないのみならず、むしろそういう事は職務に付帯した義務の一部分と考えられない事はない・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・その次には、自分の浮気や得意はこの場限りで、もう少しすると平生の我に帰るのだが、ほかの人のは、これが常態であって、家へ帰っても、職務に従事しても、あれでやっているんだと己惚れます。すると自分はどうしてもここにいるべきではないとなる。宅へ帰っ・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・しかしながら探偵が探偵として職務にかかったら、ただ事実をあげると云うよりほかに彼らの眼中には何もない。真を発揮すると云うともったいない言葉でありますが、まず彼らの職業の本分を云うと、もっとも下劣な意味において真を探ると申しても差支ないでしょ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・もう少し見所があると思ったのに牛につっかかれたくらいで職務も忘れて遁げるなんてもう今日限り免官だ。すぐ服をぬげ。と来たでしょう。バキチのほうでももう大抵巡査があきていたんです。へえ、そうですか、やめましょう。永々お世話になりましたって斯う云・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
出典:青空文庫