・・・小間切を叩きつけたような肉片や、バラ/\になった骨や肉魂がそこらに散乱していた。吹き飛ばされると同時に、したゝかにどっかを打ったらしい妊婦は、隅の方でヒイ/\虫の息をつゞけていた。 二十一人のうち、肉体の存在が分るのは、七人だった。・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・がこの廟前を過ぐる時には、舟子ども必ず礼拝し、廟の傍の林には数百の烏が棲息していて、舟を見つけると一斉に飛び立ち、唖々とやかましく噪いで舟の帆柱に戯れ舞い、舟子どもは之を王の使いの烏として敬愛し、羊の肉片など投げてやるとさっと飛んで来て口に・・・ 太宰治 「竹青」
・・・変な味のする奇妙な肉片を食わされたあとで、今のは牛の舌だと聞いて胸が悪くなって困った。その時に、うまいと思ったのは、おしまいの菓子とコーヒーだけであった。父に連れられて「松田」で昼食を食ったのもそのころであったように思う。玉子豆腐の朱わんの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・それがある時台所で出入りの魚屋と世間話をしながら、刺身包丁を取り上げて魚屋の盤台の鰹の片身から幅二分くらい長さ一尺近い細長い肉片を巧みにそぎ取った。そうしてその一端を指でつまんで高く空中に吊り下げた真下へ仰向いた自身の口をもって行って、見る・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・そうして肉片を鋤の鉄板上に載せたのを火上にかざし、じわじわ焼いて食ったというのである。こういうあんまりうま過ぎるのはたいていうそに決まっていると言って皆で笑った。そのときの一説に「すき」は steak だろうというのがあった。日本人は子音の・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・しかもその夫人がビフテキを食っていたのが、少なくも見たところ平然と肉片を口に運んでいたのがハッキリ印象に残っている。しかし二度目の最大動が来たときは一人残らず出てしまって場内はがらんとしてしまった。油画の額はゆがんだり、落ちたりしたのもあっ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・オランダ人で伝法肌といったような男がシェンケから大きな釣り針を借りて来てこれに肉片をさし、親指ほどの麻繩のさきに結びつけ、浮標にはライフブイを縛りつけて舷側から投げ込んだ。鱶はつい近くまで来てもいっこう気がつかないようなふうでゆうゆうと泳い・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 壁の前面に肉片を置いたときにでも、その場所の気流の模様によっては肉から発散する揮発性のガスは壁の根もとの鳥の頭部にはほとんど全く達しないかもしれない。また、ごく近くに肉の包みをおかれて鳥がそれをついばむ気になったのは、嗅覚にはよらずし・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・キャベジ、人蔘、ジャガ薯、肉片。魚スープもあり、量がひどく多くて、慣れないうちは食べきれぬ。 さて、夜は、ざっと朝のくりかえしだ。 世帯もちは、亭主が帰って来る時分までに、細君が石油コンロや瓦斯コンロで、食事の仕度をして待っている。・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
出典:青空文庫