・・・ すてきに物干が賑だから、密と寄って、隅の本箱の横、二階裏の肘掛窓から、まぶしい目をぱちくりと遣って覗くと、柱からも、横木からも、頭の上の小廂からも、暖な影を湧かし、羽を光らして、一斉にパッと逃げた。――飛ぶのは早い、裏邸の大枇杷の樹ま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・教授は教壇の肘掛椅子にだらしなく坐り、さもさも不気嫌そうに言い放った。 ――こんな問題じゃ落第したくてもできめえ。 大学生たちは、ひくく力なく笑った。われも笑った。教授はそれから訳のわからぬフランス語を二言三言つぶやき、教壇の机のう・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 炉の前に、大きな肘掛椅子に埋もれた、一人の白髪の老人が現われる。身動き一つしないで、じっと焔を見詰めている。焔の中を透して過去の幻影を見詰めている。 焔の幕の向うに大きな舞踊の場が拡がっている。華やかな明るい楽の音につれて胡蝶のよ・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・一八八三年三月十四日――イエニーの死後三年目の早春に、人類の炬火のかかげ手カール・マルクスはメートランド・パークの家の書斎の肘掛椅子にかけて、六十五年の豊富極まりない一生を閉じた。〔一九四七年一月〕・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 千世子は大きな籐椅子に倚って肘掛に両肘をもたせて両手の間に丸あるい顔をはさんでじいっとして居た。 どっちかが口を切らなければ斯う云う沈黙はいつまでもはてしなくつづくのである。 何とはなし重っ苦しい垂幕の様な沈黙をやぶって口を開・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・彼は、低い平凡なホテルの客間用肘掛椅子にかけている。大きいさっぱりと温い手を自分の前で自然に組み合せている。斜向いのところに丸テーブルがあって、その上にはもうさめ切った一片のトーストが皿にのったまま忘られたように置かれている。 私は細い・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・彼は、低い平凡なホテルの肘掛椅子にかけて、大きいさっぱりと温い手を自然に組み合わせている。斜向いのところに丸テーブルがあって、その上には、もうさめ切った一片のトーストが皿に入ってのっている。私が細い赤縞の服を着てそのテーブルに向い、わきに立・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫