・・・寒い夕方野こえ山こえようやく一つの古い町にたどり着いて、さてどこを一夜のやどりとしたものかと考えましたが思わしい所もありませんので、日はくれるししかたがないから夕日を受けて金色に光った高い王子の立像の肩先に羽を休める事にしました。 王子・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・自分が姉を見上げた時に、姉の後に襷を掛けた守りのお松が、草箒とごみとりとを両手に持ったまま、立ってて姉の肩先から自分を見下して居た。自分は姉の可愛がってくれるのも嬉しかったけれど、守りのお松もなつかしかった。で姉の顔を見上げた目で直ぐお松の・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・と、案のごとく、上さんはそれを受取ると、今度は薄暗いランプの火影で透しながら、私の枕元へ来た。「お前さんにはまだ屋根代が貰ってなかったね。屋根代が六銭。それから宿帳を記けておくれな。」と肩先を揺る。 私は睡ったふりもしていられぬので・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 一人の青年はビールの酔いを肩先にあらわしながら、コップの尻でよごれた卓子にかまわず肱を立てて、先ほどからほとんど一人で喋っていた。漆喰の土間の隅には古ぼけたビクターの蓄音器が据えてあって、磨り滅ったダンスレコードが暑苦しく鳴っていた。・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・歩いてゆく私の頭の影や肩先の影がそんななかへ現われては消えた。なかには「まさかこれまでが」と思うほど淡いのが草の葉などに染まっていた。試しに杖をあげて見るとささくれまでがはっきりと写った。 この径を知ってから間もなくの頃、ある期待のため・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・草の上に腰から上が出て、その立てた膝に画板が寄掛けてある、そして川柳の影が後から彼の全身を被い、ただその白い顔の辺から肩先へかけて楊を洩れた薄い光が穏かに落ちている。これは面白ろい、彼奴を写してやろうと、自分はそのまま其処に腰を下して、志村・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・そして源三が肩先を把えて、「またおまえは甲府へ行ってしまおうと思っているね。」とさも恨めしそうに、しかも少しそうはさせませぬという圧制の意の籠ったような語の調子で言った。 源三はいささかたじろいだ気味で、「なあに、無暗に駈け・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・道具を入れた笊を肩先から巾広の真田の紐で、小脇に提げ、デーイデーイと押し出すような太い声。それをば曇った日の暮方ちかい頃なぞに聞くと、何とも知れず気味のわるい心持がしたものである。 鳥さしの姿を見るのもその頃は人のいやがったものである。・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・眼を遮らぬ空の二つに裂くる響して、鉄の瘤はわが右の肩先を滑べる。繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の、尤も外に向えるが二つに折れて肉に入る。吾がうちし太刀先は巨人の盾を斜に斫って戞と鳴るのみ。……」ウィリアムは急に眼を転じて盾の方を見る。彼の四・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 押丁共がツァウォツキイの肩先を掴まえて引き摩って行った。 ツァウォツキイは胸に小刀を挿していながら、押丁どもを馬鹿にして、「犬め、極卒め、カザアキめ」と罵った。 押丁共は返事の代りに足でツァウォツキイを蹴った。その時胸から小刀・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫