・・・あの家の屋賃は、もともと、そっくり僕のお小使いになる筈なのであるが、おかげで、この一年間というもの、僕は様様のつきあいに肩身のせまい思いをした。 いまの男に貸したのは、昨年の三月である。裏庭の霧島躑躅がようやく若芽を出しかけていた頃であ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・をして、それも一度や二度でない、たび重なる大しくじりばかりして、親兄弟の肩身をせまくさせたけれども、しかし、せめて、これだけは言えると思う、「ただ金のあるにまかせて、色男ぶって、芸者を泣かせて、やにさがっていたのではない!」みじめなプロテス・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・査閲からの帰り路も、誰にも顔を合せられないような肩身のせまい心地で、表の路を避け、裏の田圃路を顔を伏せて急いで歩いた。その夜、配給の五合のお酒をみんな飲んでみたが、ひどく気分が重かった。「今夜は、ひどく黙り込んでいらっしゃるのね。」・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・それがまあ多少のゆかりをたよって田舎へ逃げて来て、何も悪い事をして逃げて来たわけでもないのに肩身を狭くして、何事も忍び、少しずつでも再出発の準備をしようと思っているのに、田舎の人たちは薄情なものです。私たちだって、ただでものを食べさせていた・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・惣助はそのあくびの大きすぎるのを気に病み、祝辞を述べにやって来る親戚の者たちへ肩身のせまい思いをした。惣助の懸念はそろそろと的中しはじめた。太郎は母者人の乳房にもみずからすすんでしゃぶりつくようなことはなく、母者人のふところの中にいて口をた・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ しかし林が一緒にこんにゃく売りについてきてくれるので、どんなに私は肩身がひろくなったろう。第一に林はこんにゃく売りを軽蔑するどころか、却って尊敬しているので、もうどんな意地悪共が、手を叩いてはやしたって、私はヘイチャラである。「ハ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・り、階段を上ること無慮四十二級、途中にて休憩する事前後二回、時を費す事三分五セコンドの後この偉大なる婆さんの得意なるべき顔面が苦し気に戸口にヌッと出現する、あたり近所は狭苦しきばかり也、この会見の栄を肩身狭くも双肩に荷える余に向って婆さんは・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・何となく自分が肩身の狭い心持ちがする。向うから人間並外れた低い奴が来た。占たと思ってすれ違って見ると自分より二寸ばかり高い。こんどは向うから妙な顔色をした一寸法師が来たなと思うと、これすなわち乃公自身の影が姿見に写ったのである。やむをえず苦・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・子供達が学校へ行き、肩身のせまい思いをしないでもよかったかもしれない。 妻の道義は、貞操に関することばかりではない。母としての責任は、くつしたのつくろいだけのことではない。〔一九四八年十一月〕・・・ 宮本百合子 「妻の道義」
・・・「全くお蔭を持ちまして心得違を致しませんものですから、凱旋いたしますまで、どの位肩身が広かったか知れません。大連でみんなが背嚢を調べられましたときも、銀の簪が出たり、女の着物が出たりして恥を掻く中で、わたくしだけは大息張でござりました。・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫