・・・子供の為めには自分の凡てを犠牲にして尽すという愛の一面に、自分の子供を真直に、正直に、善良に育てゝ行くという厳しい、鋭い眼がある。この二つの感情から結ばれた母の愛より大きなものはないと思う。しかし世の中には子供に対して責任感の薄い母も多い。・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・一度、人間が手に取り上げて育ててくれたら、きっと無慈悲に捨てることもあるまいと思われる。…… 人魚は、そう思ったのでありました。 せめて、自分の子供だけは、にぎやかな、明るい、美しい町で育てて大きくしたいという情けから、女の人魚は、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・こんな夫婦の子供はどんな風に育てられているのだろうと、思ったので、「お子さんおありなんでしょう?」 と、訊くと、「子供はあれしませんの。それで、こうやってこの温泉へ来てるんです。ここの温泉にはいると、子供が出来るて聞きましたので・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ いったいに私は物事をおおげさに考えるたちで、私が今まで長々と子供のころの話をしてきたのも、里子に遣られたり、継母に育てられたり、奉公に行ったりしたことが、私の運命をがらりと変えてしまったように思っているせいですが、しかし今ふと考えてみ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 産婆の世話で、どこかの病院かで産まして、それから下宿の下の三畳の部屋でもあてがって、当分下宿で育てさせる――だいたいそうと相談をきめてあったのだが、だんだん時期の切迫とともに、自分の神経が焦燥しだした。「あなたの奥さんのうちは財産・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・不憫なりとは語りあえど、まじめに引取りて末永く育てんというものなく、時には庭先の掃除など命じ人らしく扱うものありしかど、永くは続かず。初めは童母を慕いて泣きぬ、人人物与えて慰めたり。童は母を思わずなりぬ、人人の慈悲は童をして母を忘れしめたる・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 自体拙者は気に入らないので、頻りと止めてみたが、もともと強情我慢な母親、妹は我儘者、母に甘やかされて育てられ、三絃まで仕込まれて自堕落者に首尾よく成りおおせた女。お前たちの厄介にさえならなければ可かろうとの挨拶で、頭から自分の注意は取・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 性交は夫婦でなくてもできるが、子どもを育てるということは人間のように愛が進化し、また子どもが一人前になるのに世話のやける境涯では、夫婦生活でなくては不都合だ。それが夫婦生活を固定させた大きな条件なのだから、したがって、夫婦愛は子どもを・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・幼時、主として祖母に育てられた。祖母に方々へつれて行って貰った。晩にねる時には、いつも祖母の「昔話」「おとぎばなし」をきゝながら、いつのまにかねむってしまった。生れた時は、もう祖父はなかったが、祖母は、祖父の話をよくした。「おとぎばなし」は・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・と年齢は同じほどでも女だけにませたことを云ったが、その言葉の端々にもこの女の怜悧で、そしてこの児を育てている母の、分別の賢い女であるということも現れた。 源三は首を垂れて聞いていたが、「あの時は夢中になってしまったのだもの、そし・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫