・・・自分の級に英語を教えていた、安達先生と云う若い教師が、インフルエンザから来た急性肺炎で冬期休業の間に物故してしまった。それが余り突然だったので、適当な後任を物色する余裕がなかったからの窮策であろう。自分の中学は、当時ある私立中学で英語の教師・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ その家は貧しくて、かぜから肺炎を併発したのに手当ても十分することができなかった。小さな火鉢にわずかばかりの炭をたいたのでは、湯気を立てることすら不十分で、もとより室を暖めるだけの力はなかった。しかし、炭をたくさん買うだけの資力のないも・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・こじれて急性肺炎になった。かなりいい医者に診てもらったのだが、ぽくりと死んだ。涙というものは何とよく出るものかと不思議なほど、お君はさめざめと泣き、夫婦はこれでなくては値打がないと、ひとびとはその泣きぶりに見とれた。 しかし、二七日の夜・・・ 織田作之助 「雨」
・・・という順序で子供をつくり、四男が風邪のこじれから肺炎おこして、五歳で死んで、それからすっかり老いこんで、それでも、年に二篇ずつ、しっかりした小説かいて、五十三歳で死にます。私の父も、五十三歳で死んで、みんなが父をほめていました。ちょうどいい・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・先妻は、白痴の女児ひとりを残して、肺炎で死に、それから彼は、東京の家を売り、埼玉県の友人の家に疎開し、疎開中に、いまの細君をものにして結婚した。細君のほうは、もちろん初婚で、その実家は、かなり内福の農家である。 終戦になり、細君と女児を・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・十九の冬に、肺炎になったとき、あのとき、なおらずに死ねばよかったのだ。あのとき死んでいたら、いまこんな苦しい、みっともない、ぶざまの憂目を見なくてすんだのだ。私は、ぎゅっと堅く眼をつぶったまま、身動きもせず坐って、呼吸だけが荒く、そのうちに・・・ 太宰治 「皮膚と心」
少し肺炎の徴候が見えるようだからよく御注意なさい、いずれ今夜もう一遍見に来ますからと云い置いて医者は帰ってしまった。 妻は枕元の火鉢の傍で縫いかけの子供の春着を膝へのせたまま、向うの唐紙の更紗模様をボンヤリ見詰めて何か・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・そのお蔭で幸いに今年はまだ流感に冒されず従って肺炎にもならずに今日までたどりついたような気がする。ましてや雪の山で遭難して世間を騒がす心配などは絶対になくてすんでいるわけである。 危険線のすぐ近くまで来てうろうろしているものが存外その境・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・三月九日帰朝早々から風邪を引き、軽い肺気腫の兆候があるというので大事を取って休養していたが、一度快くなって、四月五日の工学大会に顔を出したが、その翌日の六日の早朝から急性肺炎の症状を発して療養効なく九日の夕方に永眠した。生前の勲功によって歿・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・寝れば直るが無理すると肺炎になる。 これらの平凡すぎるほど平凡な事実の中に、実に驚嘆すべき造化の妙機のあることに今まで少しも心づかないでいたのが、今度の子供の災難に会って始めて少しばかりわかりかけて来たような気がする。 犬や猫はこれ・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
出典:青空文庫