・・・それから、ナウムブルグやブラッセルを経て、ライプツィッヒを訪れ、千六百五十八年には、スタンフォドのサムエル・ウォリスと云う肺病やみの男に、赤サルビアの葉を二枚に、羊蹄の葉を一枚、麦酒にまぜて飲むと、健康を恢復すると云う秘法を教えてやったそう・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・「この別荘の主人は肺病患者だよ。」 僕等は芒の穂を出した中を「悠々荘」の後ろへ廻って見た。そこにはもう赤錆のふいた亜鉛葺の納屋が一棟あった。納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏の女人像が一つあった。・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・我々は彼の純粋にてかつ美しき感情をもって語られた梁川の異常なる宗教的実験の報告を読んで、その遠神清浄なる心境に対してかぎりなき希求憧憬の情を走らせながらも、またつねに、彼が一個の肺病患者であるという事実を忘れなかった。いつからとなく我々の心・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 報知を聞くと斉しく、女は顔の色が変って目が窪んだ、それなりけり。砂利へ寝かされるような蒲団に倒れて、乳房の下に骨が見える煩い方。 肺病のある上へ、驚いたがきっかけとなって心臓を痛めたと、医者が匙を投げてから内証は証文を巻いた、但し・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・あの当時しばらくはどういうものでしょう、それはね、ほんとに嘘のように元気がよくおなんなすッて、肺病なんてものは何でもないものだ。こんなわけのないものはないッてっちゃ、室の中を駈けてお歩行きなさるじゃありませんか。そうしちゃあね、ッてあのをね・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ といつも思っていたんだが、もうこの肺病には勝たれない、いや、つまり、お前に負けたのだ。 してみれば、お貞、お前が呪詛殺すんだと、吾がそう思っても、仕方があるまい。 吾はどのみち助からないと、初手ッから断念めてるが、お貞、お前の・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ と、訊きかえすと、「あんた、知りはれしまへんのんか。肺病に石油がよう効くということは、今日び誰でも知ってることでんがな」「初耳ですね」「さよか。それやったら、よけい教え甲斐がおますわ」 肺病を苦にして自殺をしようと思い・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「――それもあんた、自家製の特効薬でしてね。わたしが調整してるんですよ」「――そいつア、また。……ものによっては、一服寄進にあずかってもよいが、いったい何に効くんだい?」「――肺病です。……あきれたでしょうがな」「――あきれ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
家には一銭の金もなく、母親は肺病だった。娘の葉子は何日も飯を食わず、水の引くようにみるみる痩せて、歩く元気もなかったが、母親と相談して夜の町へ十七歳の若さを売りに行くことにした。母親も昔そんな経験があったのだ。 夜、葉・・・ 織田作之助 「報酬」
・・・在郷には空いてる家というものはめったにないもんでな、もっとも下の方に一軒いい家があるにはあるが、それがその肺病人がはいった家だで、お前様たちでは入れさせられないて、気を悪くすべと思ってな」 久助爺はこれでたくさんだと言うつもりであった。・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫