・・・ 天国の民 天国の民は何よりも先に胃袋や生殖器を持っていない筈である。 或仕合せ者 彼は誰よりも単純だった。 自己嫌悪 最も著しい自己嫌悪の徴候はあらゆるものにうそを見つけることで・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・従って彼は林檎を見る度に、モオゼの十戒を思い出したり、油の絵具の調合を考えたり、胃袋の鳴るのを感じたりしていた。 最後に或薄ら寒い朝、ファウストは林檎を見ているうちに突然林檎も商人には商品であることを発見した。現に又それは十二売れば、銀・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・ 婆さんは唾をのんで、「お米はいつもお情ない方だとばかり申しますが、それは貴方、女中達の箸の上げおろしにも、いやああだのこうだのとおっしゃるのも、欲いだけ食べて胃袋を悪くしないようにという御深切でございましょうけれども、私は胃袋へ入・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 呑まれた小宮山は、怪しい女の胃袋の中で消化れたように、蹲ってそれへ。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、風が引いたり寄せたりして聞えまする、百万遍。 忌々しいなあ、道中じゃ弥次郎兵衛もこれに弱ったっけ、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・空の胃袋は痙攣を起したように引締って、臓腑が顛倒るような苦しみ。臭い腐敗した空気が意地悪くむんむッと煽付ける。 精も根も尽果てて、おれは到頭泣出した。 全く敗亡て、ホウとなって、殆ど人心地なく臥て居た。ふッと……いや心の迷の空耳・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「私には、あなたの胃袋や骨組だけが見えて、あなたの白い膚が見えません。私は悲しいめくらです。」なぞと、これは、読者へのサーヴィス。作家たるもの、なかなか多忙である。 ルソオの懺悔録のいやらしさは、その懺悔録の相手の、神ではなくて、隣・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・もともと、このオリジナリテというものは、胃袋の問題でしてね、他人の養分を食べて、それを消化できるかできないか、原形のままウンコになって出て来たんじゃ、ちょっとまずい。消化しさえすれば、それでもう大丈夫なんだ。昔から、オリジナルな文人なんて、・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・ 赤石山の、てっぺんへ、寝台へ寝たまま持ち上げられた、胃袋の形をしたフェットがあった。 時代は賑かであった。新聞は眩しいほど、それ等の事を並べたてた。 それは、富士山の頂上を、ケシ飛んで行く雲の行き来であった。 麓の方、巷や・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・兵卒一「勲章と胃袋にゴム糸がついていたようだったなあ」兵卒九「将軍と国家とにどうおわびをしたらいいかなあ。」兵卒七「おわびの方法が無い。」兵卒五「死ぬより仕方ない。」兵卒三「みんな死のう、自殺しよう。」曹長「いいや、・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・暗い細路を通って向うへ行ったら私の胃袋にどうかよろしく云って下さいな。」と云いながら銀色のなめくじをペロリとやりました。 三、顔を洗わない狸 狸は顔を洗いませんでした。 それもわざと洗わなかったのです。 狸は丁度・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
出典:青空文庫