・・・ 背丈けの図抜けて高い彼れは妻を見おろすようにしてこうつぶやいた。「松川農場たらいうだが」「たらいうだ? 白痴」 彼れは妻と言葉を交わしたのが癪にさわった。そして馬の鼻をぐんと手綱でしごいてまた歩き出した。暗らくなった谷を距・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・省作は無頓着で白メレンスの兵児帯が少し新しいくらいだが、おはまは上着は中古でも半襟と帯とは、仕立ておろしと思うようなメレンス友禅の品の悪くないのに卵色の襷を掛けてる。背丈すらっとして色も白い方でちょっとした娘だ。白地の手ぬぐいをかぶった後ろ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
この月の二十日前後と産婆に言われている大きな腹して、背丈がずんぐりなので醤油樽か何かでも詰めこんでいるかのような恰好して、おせいは、下宿の子持の女中につれられて、三丁目附近へ産衣の小ぎれを買いに出て行った。――もう三月一日だった。二三・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・窓から顔を出してみると、プラットホームの乗客の間に背丈の高い妻の父の羽織袴の姿が見え、紋付着た妻も、袴をつけた私の二人の娘たちも見えた。四人は前の方の車に乗った。妻の祖母と総領の嫁さんとは私たちの窓の外へ来て悔みを言った。次ぎのK駅では五里・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・細長い、長屋のように積重ねられて行く薪は、背丈けほどの高さになった。宗保は、後藤と西山とが下から両手で差上げる薪束を、その上から受け取った。彼が歩くと薪の塚は崩れそうにゆさ/\と揺れた。「ちょっと手伝えよ、そんなに日向ぼっこばかりしとら・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・彼は、背丈は、京一よりも低い位いだったが、頑丈で、腕や脚が節こぶ立っていた。肩幅も広かった。きかぬ気で敏捷だった。そして、如何にも子供らしい脆弱な京一は仕事の上で留吉と比較にならなかった。 京一は、第一、醸造場のいろいろな器具の名前を皆・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
子供らは古い時計のかかった茶の間に集まって、そこにある柱のそばへ各自の背丈を比べに行った。次郎の背の高くなったのにも驚く。家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・末子は母さんののこした古い鏡台の前あたりに立って、黒い袴の紐を結んだが、それが背丈の延びた彼女に似合って見えた。 次郎は私のほうをもながめながら、「こうして見ると、とうさんの肩の幅はずいぶん広いな。」「そりゃ、そうさ。」と私は言・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ この時自分は、浜の堤の両側に背丈よりも高い枯薄が透間もなく生え続いた中を行く。浪がひたひたと石崖に当る。ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。何やら丸い物を運ぶのだと手真似で言って、いっしょに行かぬかと言うのである。自分はつい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・少年もそのころは、背丈もひょろひょろ伸びて五尺七寸ちかくになっていましたので、そのマントは、悪魔の翼のようで、頗る効果がありました。このマントを着るときには、帽子を被りませんでした。魔法使いに、白線ついた制帽は不似合いと思ったのかも知れませ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
出典:青空文庫