・・・そこで、乳母の背中におぶさりました。すると、そのお爺さんのしゃべっている事がよく聞えて来ました。「ええ。お立ち合いの皆々様。わたくしは皆様方のお望みになる事なら、どんな事でもして御覧に入れます。大江山の鬼が食べたいと仰しゃる方があるなら・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ 右肩下りの背中のあとについて、谷ぞいの小径を歩きだした。 しかし、ものの二十間も行かぬうちに、案内すると見せかけた客引きは、押していた自転車に飛び乗って、「失礼しやして、お先にやらしていただきやんす。お部屋の用意をしてお待ち申・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・兄は気が気でなく、しきりに勝子の名を呼びななら、背中を叩いた。 勝子はけろりと気がついた。気がついたが早いか、立つとすぐ踊り出したりするのだ。兄はばかされたようでなんだか変だった。「このべべ何としたんや」と言って濡れた衣服をひっぱっ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・これ、後楯がついていると思って、大分強いなと煙管にちょっと背中を突きて、ははははと独り悦に入る。 光代は向き直りて、父様はなぜそう奥村さんを御贔負になさるの。と不平らしく顔を見る。なぜとはどういう心だ。誉めていいから誉めるのではないか。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・風が激しいので得物も多いかして、たくさん背中にしょったままなおもあたりをあさっている様子です。むつまじげに話しながら、楽しげに歌いながら拾っています、それがいずれも十二三、たぶん何村あたりの農家の子供でしょう。 私はしばらく見おろしてい・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・すると源三は何を感じたか滝のごとくに涙を墜して、ついには啜り泣して止まなかったが、泣いて泣いて泣き尽した果に竜鍾と立上って、背中に付けていた大な団飯を抛り捨ててしまって、吾家を指して立帰った。そして自分の出来るだけ忠実に働いて、叔父が我が挙・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・「お母さんの背中を流してあげるわ。」この娘がいつになくそんなことをいゝます。私は今までの苦労を忘れて、そんな言葉にうれしくなりました。 ところがお湯に入って何気なく娘の身体をみたとき、私はみる/\自分の顔からサーッと血の気の引いて行くの・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・私たちはその特筆大書した定価の文字を新聞紙上の広告欄にも、書籍小売店の軒先にも、市中を練り歩く広告夫の背中にまで見つけた。この思い切った宣伝が廉価出版の気勢を添えて、最初の計画ではせいぜい二三万のものだろうと言われていたのが、いよいよ蓋をあ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・いつも野らで為事をしている百姓の女房の曲った背中も、どこにも見えない。河に沿うて、河から段々陸に打ち上げられた土沙で出来ている平地の方へ、家の簇がっている斜面地まで付いている、黄いろい泥の道がある。車の轍で平らされているこの道を、いつも二輪・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・そうすると、そこへ鯨がみんなで出て来て、それを背中へのせて、向うの港まではこんでいって、王さまの御殿のそばへおし上げました。王さまは、もうこれで御婚礼が出来ると思ってお喜びになりました。そうすると王女は、「せっかくお城がまいりましたが、・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫