・・・その頃一と度は政治家たらんと欲し、転じて建築に志ざし、再転して今度は実業界に入ろうとした一青年たる自分が文学に興味を持つようになったのもまた、直接には龍渓鉄腸らの小説、間接にはこれらの新傾向を胚胎した英国の政治家的文人の典型であった。幸か不・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・おそらくそれへの嫌悪から私のそうした憎悪も胚胎したのかもしれないのである。 しかし私の憎悪はそればかりではなく、太陽が風景へ与える効果――眼からの効果――の上にも形成されていた。 私が最後に都会にいた頃――それは冬至に間もない頃であ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎していたという説を耳にした事がありますが、自分もそれを支持して居ります。創作に於いて最も当然に努めなければならぬ事は、「正確を期する事」であります。その他には、何もありません。風車が悪・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎していたという説を耳にした事がありますが、自分もそれを支持して居ります。創作に於いて最も当然に努めなければならぬ事は、〈正確を期する事〉であります。その他には、何もありません。風車が悪・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・学者と素人との意思の疎通せざる第一の素因は既にここに胚胎す。学者は科学を成立さする必要上、自然界に或る秩序方則の存在を予想す。従ってある現象を定むる因子中より第一にいわゆる偶発的突発的なるものを分離して考うれども、世人はこの区別に慣れず。一・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ そもそも洋学のもって洋学たるところや、天然に胚胎し、物理を格致し、人道を訓誨し、身世を営求するの業にして、真実無妄、細大備具せざるは無く、人として学ばざるべからざるの要務なれば、これを天真の学というて可ならんか。吾が党、この学に従事す・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・故に今仮に古人の言に従って孝を百行の本とするも、その孝徳を発生せしむるの根本は、夫婦の徳心に胚胎するものといわざるを得ず。男女の関係は人生に至大至重の事なり。 夫婦家に居て親子・兄弟姉妹の関係を生じ、その関係について徳義の要用を感じ、家・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・絵団扇のそれも清十郎にお夏かな蚊帳の内に螢放してアヽ楽や杜若べたりと鳶のたれてける薬喰隣の亭主箸持参化さうな傘かす寺の時雨かな 後世一茶の俗語を用いたる、あるいはこれらの句より胚胎し来たれるにはあらざるか。薬喰の句は・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 九月中には、胚胎を訂正し、次の月には、何か一つ出来たら書き、若し出来兼ねたら、鈍色の夢をも一度見なおさねばならない。 その時はかなり熱して書いたものも、今になると、あきたらぬ節が思いの外に多いのに失望する。 それは、私にとって・・・ 宮本百合子 「偶感」
出典:青空文庫