・・・小さなブーメラング形の翼の胚芽の代わりにもう日本語で羽根と名のつけられる程度のものが発生している。しかしまだ雌雄の区別が素人目にはどうも判然としない。よく見るとしっぽに近い背面の羽色に濃い黒みがかった縞の見えるのが雄らしく思われるだけである・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・この疑問の解答が一般に知られていないということが、学位をめぐるあらゆる不都合な事件の発生の胚芽となり、従っては一国の学術の健全な発達を妨害する一つの素因ともなり得るかと思われる。それ故にこの疑問を解くことは我国の学問の正常な発達のために緊要・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・これは言わば細胞組織の百貨店であって、後年のデパートメントストアの予想であり胚芽のようなものであったが、結局はやはり小売り商の集団的蜂窩あるいは珊瑚礁のようなものであったから、今日のような対小売り商の問題は起こらなくても済んだであろう。とに・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・どんな瑣末な科学的知識でも、その背後には必ずいろいろな既知の方則が普遍的な背景として控えており、またその上に数限りもない未知の問題の胚芽が必ず含まれているのである。それで一見いわゆるはなはだしく末梢的な知識の煩瑣な解説でも、その書き方とまた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それで、この国曳きの神話でも、単に無稽な神仙譚ばかりではなくて、何かしらその中に或る事実の胚芽を含んでいるかもしれないという想像を起こさせるのである。あるいはまた、二つの島の中間の海が漸次に浅くなって交通が容易になったというような事実があっ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・そうしてその錯雑した中に七五あるいは五七の胚芽のようなものが至るところに散点していることが認められる。それがいつとはなしに自然淘汰のふるいにでもかけられたかのようにいろいろな異分子が取り除かれて五と七という字数の交互的連続に移って行っている・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 不幸にして科学の中等教科書は往々にしてそれ自身の本来の目的を裏切って被教育者の中に芽ばえつつある科学者の胚芽を殺す場合がありはしないかと思われる。実は非常に不可思議で、だれにもほんとうにはわからない事をきわめてわかり切った平凡・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・と称するものの胚芽の一つとして見ることも出来はしないかという気がする。少なくも自分だけの場合について考えると、ずっと後に『ホトトギス』に書いた小品文などは、この頃の日記や短文の延長に過ぎないと思われる。 裏絵や図案の募集もあって数回応募・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・ これも前日か前々日の体験中に夢の胚芽らしいものが見付かる。食卓でちょっと持出されたダンテ魔術団の話と、友人と合奏のときに出たフォイヤーマンのセロ演奏会の噂とでこの夢の西洋人が説明される。魔術が曲馬に変形してそれが猛獣を呼出したと思われ・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
出典:青空文庫