・・・ 然し、程なく云われたことの全部の意味を理解すると、彼女の胡麻塩の頭の先から爪先まで、何とも云えず嬉しそうな光が、ぱあっと流れさした。 れんは、感謝に堪えない眼をあげて、幾度も幾度も扉の把手につかまったまま腰をかがめた。「有難う・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 毛並の房々したその犬は全身が白と黒とのぶちなのだが、そのぶちは胡麻塩というほど渋く落付いてもいず、さりとて白と黒の斑というほど若々しく快活でもなく、中途半端に細かくて、大きい耳を垂れ、おとなしい眼付で自身のそのようなぶちまだらをうすら・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ コレクチーブ秘書のソモフが、人のいい胡麻塩髯をふるわしてとび込んで来た。 グラフィーラは醋酸を飲んだのである。 四 三ヵ月ほど経った或る日のことである。 裁縫工場の午休みの時間。今日はこの休み・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 強い胡麻塩の髪をぴったり刈りつけて、額が女の様に迫って頬には大きな疵がある政の様子は、田舎者に一種の恐れを抱かせるに十分であった。 栄蔵の枕のわきに座って、始めは馬鹿丁寧に腰を低くして、自分の出来るだけは勉強しようの、病気はどんな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 署長は、廻転椅子の上で身じろぎをし、主任は、隅で胡麻塩髯のチビチビ生えた口許を動かす。 自分は、「……相変らずね!」と、全場面に対して湧き起る顫えるような憎悪を抑制して苦々しく笑い、「そういう議論を、こんなところではじ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・とつぶやきながら、うなだれている禰宜様宮田の胡麻塩の頭を眺めて、彼女は途方もない音を出して、吐月峯をたたいた。三 海老屋の年寄りは、翌朝もいつもの通り広い果樹園へ出かけて行った。 笠を被り、泥まびれでガワガワになった・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ こういう話になると、独り博士の友達が喜んで聞くばかりではない。女中達も面白がって聞く。児髷の子供も、何か分からないなりに、その爽快な音吐に耳を傾けるのである。 胡麻塩頭を五分刈にして、金縁の目金を掛けている理科の教授石栗博士が重く・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・久右衛門は胡麻塩頭をしているのに、この爺いさんは髪が真白である。それでも腰などは少しも曲がっていない。結構な拵の両刀を挿した姿がなかなか立派である。どう見ても田舎者らしくはない。 爺いさんが隠居所に這入ってから二三日立つと、そこへ婆あさ・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・一人は裁判所長の戸川という胡麻塩頭の男である。一人は富田という市病院長で、東京大学を卒業してから、この土地へ来て洋行の費用を貯えているのである。費用も大概出来たので、近いうちに北川という若い医学士に跡を譲って、出発すると云っている。富田院長・・・ 森鴎外 「独身」
・・・渋紙のような顔に、胡麻塩鬚が中伸びに伸びている。支那語の通訳をしていた男である。「度胸だね」と今一人の客が合槌を打った。「鞍山站まで酒を運んだちゃん車の主を縛り上げて、道で拾った針金を懐に捩じ込んで、軍用電信を切った嫌疑者にして、正直な・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫