・・・体格の逞しい谷村博士は、すすめられた茶を啜った後、しばらくは胴衣の金鎖を太い指にからめていたが、やがて電燈に照らされた三人の顔を見廻すと、「戸沢さんとか云う、――かかりつけの医者は御呼び下すったでしょうな。」と云った。「ただ今電話を・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・めだかの模様の襦袢に慈姑の模様の綿入れ胴衣を重ねて着ている太郎は、はだしのままで村の馬糞だらけの砂利道を東へ歩いた。ねむたげに眼を半分とじて小さい息をせわしなく吐きながら歩いた。 翌る朝、村は騒動であった。三歳の太郎が村からたっぷり一里・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・はでな織模様のある緞子の長衣の上に、更にはでな色の幅びろい縁を取った胴衣を襲ね、数の多いその釦には象眼細工でちりばめた宝石を用い、長い総のついた帯には繍取りのあるさまざまの袋を下げているのを見て、わたくしは男の服装の美なる事はむしろ女に優っ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
出典:青空文庫