・・・彼れはいきなり笠井に飛びかかって胸倉をひっつかんだ。かーっといって出した唾を危くその面に吐きつけようとした。 この頃浮浪人が出て毎晩集会所に集って焚火なぞをするから用心が悪い、と人々がいうので神社の世話役をしていた笠井は、おどかしつける・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と判ると、いきなり胸倉を掴んだ。「おや、やる気やな。面白い! 撲れるものなら撲ってみろ! しかし、言っとくが、もし、俺の身体に指一本でも触れてみやがれ……」 赤井は、なんだ、なんだと集まって来た弥次馬を見廻しながら、「この・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・夜、あの人が帰って来るなり、はしたないことだが、いきなり胸倉を掴まえてそのことをきくと、案の定、言いそびれててん、とぼそんとした。私は自分でも恥かしいくらい大きな声になり、あなたはそれで平気なんですか、八木沢さんが今日来られることはわかって・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・その時ばかりは兵隊が可哀相で、反身になった士官の胸倉へ飛び付いてやろうかと思った。それ以来軍人と云うものはすべてあんなものかと云うような単純な考えが頭に沁みて今でも消えぬ。こんな訳だから、学校でも軍人希望の者などとはどうしても肌が合わぬ、そ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
出典:青空文庫