・・・その結果として何年かの後には昔のロプ・ノールが復活し、従って廃都ローランの地には再び生命の脈搏がよみがえって来るであろうし、昔ローマの貴族のために絹布を運んだ隊商の通った道路が再び開かれるであろうと想像さるるに至った。 以上は近着の G・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・ 私たち女のその願いの熱い脈搏が、ここに集められたもののなかに響いていて、その自然な響きが又ほかのいくつかの胸の裡に活々とした生活への脈動をめざまさしてゆくことが出来るとしたら、ほんとうに歓ばしいと思う。 昭和十五年九月〔一・・・ 宮本百合子 「あとがき(『明日への精神』)」
・・・明治元年に生れた日本の男という、その時代が彼にたたきこんだ封建のぬけきらない、儒教の重しがのき切らない一生活人の脈搏が漱石の全作品を貫いて苦しく打っているのが感じられる。男対女の相剋を、漱石は「兄」などの中にあれほど執拗に追究していながら、・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・けれども、凝っと脈搏に注意したり息の音にきき入っていると、祖母はこれまでの祖母とはまるで違い、ひっそりした内密の魂の何処かで、いそがず綿密に何かの準備をしている人のように思えた。手落ちない、この世の最後の仕度にとりかかっているような。傍の私・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・どっさりの愛すべく尊敬すべき本たちは、年が新しくなるにつれて豊かな生活の脈搏をつたえつつあるのだが、それらの本を、私はせめていくらか火事に遠そうな場所へ置くというだけのことしか出来ない。でも、一抹の楽天的な響が心のどこかにあって、一つの美し・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・そこに列の生きて脈搏つ真の動脈がひそめられている。その脈搏は生きものだから、事情によっては搏ちかたも変って来る。列というものは元来が案外動的な本質をふくんでいるのである。 それやこれやから、国民生活の中に列が多種になり、長くなり、どっさ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・風のない午後四時、蝉は鳴きしきっているが、庭の芝、松の木などの間から漂う香が、何か秋らしさで私の脈搏を速める。 朝、私は全く思いがけず、裏の叢の上に蓼の花の咲き出したのを見つけた。 蓼の花は高く咲いている。 秋が更けて空が澄んだ・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・瀕死の病人の体温表をみると、脈搏の数は益々多く、高く高くと青線は下から昇りつめるのに、体温は、命数のつきるにしたがって、低く低くと衰えて来て、終に十の字に、ぶっちがえになる。医者は、これを致命的危険のシムボルとするのである。人民の貯蓄は、昨・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・自分の内には、自分の運命に対する強い信頼が小供の時から絶えず活らいていたけれども、またその側には常に自分の矮小と無力とを恥じる念があって、この両者の相交錯する脈搏の内にのみ自分の成長が行われていたのであるが、この時からその脈搏は止まってしま・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫