・・・ これを聞いていたつばめは、黙ってくびを傾けていましたが、「そんなら、私が、あなたのお腹の中に入りましょう。」と、つばめはいいました。 子供は、どうしてつばめが、自分の腹の中に入れるかわかりませんでした。「ほんとうに、おまえ・・・ 小川未明 「教師と子供」
・・・だから自虐的に、武田麟太郎失明せりなどというデマを飛ばして、腹の中でケッケッと笑っていた。そんな武田さんが私は何ともいえず好きだった。ピンからキリまでの都会人であった。 去年の三月、宇野さんが大阪へ来られた時、ある雑誌で「大阪と文学を語・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・……此奴は口では斯んなことを云ってるが腹の中は斯うだな、ということが、この精神統一の状態で観ると、直ぐ看破出来るんだからね、そりゃ恐ろしいもんだよ。で、僕もこれまでいろ/\な犯人を掴まえたがね、それが大抵昼間だったよ。……此奴怪しいな、斯う・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それから話して一時間も経つと又喫驚、今度は腹の中で。「いったいこの男はどうしたのだろう、五年見ない間に全然気象まで変って了った」 驚き給うな源因がある。第一、日記という者書いたことのない自分がこうやって、こまめに筆を走らして、どうでもよ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・私は口に出してこそ申しませんが、腹の中は面白くなくって堪りません。ところがある日のことでございました、『御免なさい』と太い声で尋ねて来た者があります。『いらっしゃい』とお俊は起ってゆきましたが、しばらく何かその男とこそこそ話をしていまし・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・そこらにいる者をさげすむように、腹の中で呟いた。彼の腰は据ってきた。 扉の中は暗かった。そこには、獣油や、南京袋の臭いのような毛唐の体臭が残っていた。栗本は、強く、扉を突きのけて這入って行った。「やっぱし、まっさきに露助を突っからか・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・源三の腹の中は秘しきれなくなって、ここに至ってその継子根性の本相を現してしまった。しかし腹の底にはこういう僻みを持っていても、人の好意に負くことは甚く心苦しく思っているのだ。これはこの源三が優しい性質の一角と云おうか、いやこれがこの源三の本・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・と相川は腹の中で云った。年をとるなんて、相川に言わせると、そんなことは小欠にも出したくなかった。昔の束髪連なぞが蒼い顔をして、光沢も失くなって、まるで老婆然とした容子を見ると、他事でも腹が立つ。そういう気象だ。「お互いに未だ三十代じゃないか・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・まず一聯隊ぐらいの兵たいなら、すっかり腹の中へはいるくらいふくれます。」 ふとった男はこう言って、にたにた笑いながら、いきなりぷうぷうふくれ出して、またたく間に往来一ぱいにつかえるくらいの、大きな大きな大男になって見せました。王子はびっ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・私はそれこそ一村童に過ぎなかったのだけれども、兄たちの文学書はこっそり全部読破していたし、また兄たちの議論を聞いて、それはちがう、など口に出しては言わなかったが腹の中でひそかに思っていた事もあった。そうして、中学校にはいる頃には、つまり私は・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
出典:青空文庫