・・・本をよむことそれ自体が、一人の人間の生活の環のひろがりを意味するし、心の世界の拡大を意味することは、ゴーリキイの思い出に云われているとおりだから、あの時代、ひとは、一冊の本をよめば、よむほど、その偶然によって戦争気分へひきこまれた。戦争につ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・しかしローレンスが性について語るとき、彼と彼女とは裸の神々のようにむき出しで、自然がその営みにおいてそうであるように、それ自体充実したコースをたどって、かくしだてがない。そのような公明正大な性のあらわれに対して、おどろかされた人々は、どうと・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 私は、過去に多くの人々が真愛に達し、輝きの自体と成ったのを知っています。 それ等の人が経て来た道程も明かにされています。 けれども、窮極に於て、自分は自分の道を踏まなければなりません。 宇宙のあらゆる善美、人類のあらゆる高・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ 抗争摩擦の面をさけてなるべく平和にと心がけられた結果、その努力は一面の成功と同時に、あんまり歴史がすべすべで民族自体の気力を感じさせる溌剌さを欠いている。それは、これまでの調子から離れようとしているときのさけがたいあらわれかもしれない・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・の偉大さを、社会主義社会建設のために、階級的方向にどう利用して行くべきかを作品の中で指示せず、逆に或る者は「ロシアの土の力」自体が、自然発生的に社会主義を決定するかのように考えた。 このことは、農業機械に対する農民の感情の解剖などにもよ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 文学作品の本質は、この文化勲章の場合のように文学と当代の文化政策との関係の中に反映されるばかりでなく、小説が現実を反映し自然また現実へも照り返してゆく本質を持っているということは、文学自体の発展の問題の中にも、歴史の一定の時期には微妙・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・文と事との不調和である。文自体においてはなお調和を保つことが努められている。これに反して仮りに古言を引き離して今体文に用いたらどうであろう。極端な例をいえば、これを口語体の文に用いたらどうであろう。 文章を愛好する人はこれを見て、必ずや・・・ 森鴎外 「空車」
・・・さて、自分の云う感覚と云う概念、即ち新感覚派の感覚的表徴とは、一言で云うと自然の外相を剥奪し、物自体に躍り込む主観の直感的触発物を云う。これだけでは少し突飛な説明で、まだ何ら新しき感覚のその新しさには触れ得ない。そこで今一言の必要を認めるが・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・物語がどういう源泉から出て来たかは知らないのである。物語の世界がインドであるところから、仏典のどこかに材料があるかとも思われるが、しかしまださがしあてることができぬ。物語自体の与える印象では、どうも仏典から来たものではなさそうである。死んで・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・それを感じはじめると、どの色といわず、色のついていること自体がいやになってくる。そういう意味で、わたくしには、あの淡々とした透明な感じが実にありがたい。 しかしこれは先生の歌が無技巧だなどということではない。あれほど一字一句の使い方、置・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫