・・・ さながら、この自明の理を知らない僕をあわれむような調子である。僕はまた、微笑した。 船はだんだん、遠くなった。もう君の顔も見えない。ただ、扇をあげて、時々こっちの万歳に答えるのだけがわかる。「おい、みんなひなたへ出ようじゃない・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・今シェストフ『自明の超克』『虚無の創造』を読んでいます。彼は云います、『一般に伝記というものは何でも語っているが、只我々にとって重要なことは除外しているものだ。』ぼくは前の饒舌を読み返して、イヤになる。差し上げまいかとも思ったのですが、一遍・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それはこの手記のおしまいまでお読みになったら、たいていの読者には自明の事で、こんな断り書きは興覚めに違いないのであるが、ちかごろ甚だ頭の悪い、無感覚の者が、しきりに何やら古くさい事を言って騒ぎ立て、とんでもない結論を投げてよこしたりするので・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ああ、この世くらくして、君に約するに、世界を覆う厳粛華麗の百年祭の固き自明の贈物のその他を以てする能わざることを、数十万の若き世代の花うばわれたる男女と共に、深く恥じいる。二十七日。「金魚も、ただ飼い放ち在るだけでは、月余の命、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・それで重力の秘密は自明的に解釈されると同時に古い力学の暗礁であった水星運動の不思議は無理なしに説明され、光と重力の関係に対する驚くべき予言は的中した。もう一つの予言はどうなるか分らないが、ともかくも今まで片側だけしか見る事の出来なかった世界・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・という自明的な道理を忘れやすいから起こるのではあるまいか。 景色や科学的知識の案内ではこのような困難がある。もっとちがったいろいろの精神的方面ではどんなものであろうか。こっちにはさらにはなはだしい困難があるかもしれないが、あるいは事によ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・しかし、それがただの夢であることは自明的である。五官を杜絶すると同時に人間は無くなり、従って世界は無くなるであろう。しかし、この、近代科学から見放された人間の感覚器を子細に研究しているものの目から見ると、これらの器官の機構は、あらゆる科学の・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・ それがために甲にとってはほとんど自明的と思われることが、乙にとっては全く問題にもならない寝言のように思われることもあるようである。 とにかく、見る眼の相違で同じものの長短遠近がいろいろになったり、二本の棒切れのどちらが定規でどちら・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・この方法は物理的科学者が日常使用する所にして、学者にとりてはおそらく自明的の方法なるも、世人一般に対しては必ずしも然らず。学者と素人との意思の疎通せざる第一の素因は既にここに胚胎す。学者は科学を成立さする必要上、自然界に或る秩序方則の存在を・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・これはあまりに自明的な事であるにかかわらず、最も冷静なるべき科学者自身すら往々にして忘れがちな事である。 少なくも相対性原理はたとえいかなる不備の点が今後発見され、またたとえいかなる実験的事実がこの説に不利なように見えても、それがために・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
出典:青空文庫